千葉県松戸市松戸、松戸市街を流れる坂川に築かれた樋門(水門)が、小山樋門。江戸川の水が坂川に逆流しないように、明治31年に建設された樋門で、レンガ造り3連アーチの眼鏡橋という形状から「レンガ橋」と通称されています。土木学会推奨土木遺産にも認定。
現存する千葉県最古のレンガ造り水門は、松戸に!
治水対策が進んだ現在では水門としての機能はありませんが、上部を千葉県道5号(松戸野田線)が通り、道路橋として使われています。
レンガは利根水運で栄えた小堀河岸(おおほりがし/現・茨城県取手市)の利根川左岸にあった寺田勘兵衛(てらだかんべえ)家の経営するレンガ工場で焼成。
同じ松戸市、坂川の柳原水閘(やなぎはらすいこう/経済産業省の近代化産業遺産、土木学会推奨土木遺産)のレンガも、同様に寺田勘兵衛家のレンガ工場で製造されています(柳原水閘の設計を手がけた技師・井上二郎も寺田勘兵衛家の出身)。
小山樋門から川沿いの松戸神社通りを北側の松戸神社方向に歩くと、すぐ、「あなたも慶喜公気分」と記された表示があります。
明治38年4月28日、 最後の将軍となった徳川慶喜が、弟の徳川昭武(とくがわあきたけ=水戸藩最後の藩主)を戸定邸(明治17年から松戸・戸定邸で生活)に訪ねた際に、ここでドイツのツアイス社(ZEISS)製ミニマムホルモスステレオカメラ(久能山東照宮博物館で保管)を使って写真撮影を行なっています(『松戸御別邸日録』)。
その撮影風景を徳川昭武が写した画像が茨城県立歴史館に残されています(「あなたも慶喜公気分」の案内板に紹介されています)。
利根川・荒川の中下流域は、窯業(ようぎょう)に適した良質な粘土があり、古くから瓦製造が盛んな地。
また、首都・東京に近いうえに、度々の水害でレンガによる河川施設の近代化が急務とされたため、そのレンガを使った閘門、樋門が築かれたのです。
葛飾区の閘門橋(こうもんばし)、松戸市の柳原水閘(やなぎはらすいこう)、小山樋門、春日部市の倉松落大口逆除(くらまつおとしおおぐちさかよけ)が現存しています。
明治中期以降には、瓦製造から転じた中小のレンガ製造会社が設立しましたが、明治時代後期には質のいい日本煉瓦製造会社(深谷に渋沢栄一が設立し、東京駅、碓氷峠鉄道施設などのレンガを焼成)のレンガが使われるようになっています。
小山樋門 | |
名称 | 小山樋門/こやまひもん |
所在地 | 千葉県松戸市松戸 |
関連HP | 松戸市観光協会公式ホームページ |
電車・バスで | JR・新京成松戸駅から徒歩12分 |
駐車場 | 周辺の有料駐車場を利用 |
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