東京の大名庭園に行こう! 寄り道9庭園(新宿・文京・台東・墨田)

東京の大名庭園は『東京とりっぷ』『ニッポン旅マガジン』取材班の調査では、目下、確定しているのが23庭園あります。そのうち、別に紹介した「必踏5庭園」を除く新宿区、文京区、台東区、墨田区に現存する大名庭園は9庭園。意外に新宿区に多いのが特長で、港区や文京区と並ぶ大名庭園散策の街になっています。

大名屋敷が明治政府の重鎮の邸宅となって現在に伝えられるケースも!

東京の台地と谷という地形を巧みに利用した大名庭園。神田川が流れる新宿区には、まさに地形と湧水を効果的に使った大名庭園があります。
そしてこのエリアは、東大、早稲田大学という大学の中にも大名庭園が残ってるのが特長です。
明治維新で、華族、そして明治政府の重鎮が大名庭園を保持した結果、奇跡的に今に残されたというケースです。

彦根藩下屋敷/大隈庭園(早稲田大学)

Okuma Garden/Waseda University
東京都新宿区戸塚町1-104

大隈庭園(早稲田大学)

早稲田大学の構内にある芝生の広がる開放的な庭と、池泉を中心にした日本庭園がある和洋折衷の庭園。明治20年、大隈邸が築かれた際に佐々木可村(鈴木柯村)が作庭、諏訪の銀次郎(庭師)や渡辺華石(画家)が加わって造園した庭です。江戸時代には彦根藩井

御三卿・清水家下屋敷/甘泉園庭園

Kansenen Garden/Kansenen Park
東京都新宿区西早稲田3-5

甘泉園公園

新宿区立の公園で、江戸時代には徳川御三家・尾張徳川家の拝領地、後に御三卿清水家の江戸下屋敷だった地。現存する新宿区立公園では唯一の回遊式庭園は、この大名庭園を起源とするもの。明治時代には、子爵・相馬邸の庭園として整備されました。ツツジ、アジ

高遠藩下屋敷/新宿御苑

Shinjuku Gyoen National Garden
東京都新宿区内藤町11

新宿御苑

高遠藩主内藤氏の屋敷跡を4年の歳月をかけ整備し、明治39年に開園。昭和22年に国民公園として一般に開放されるようになった新宿の貴重なオアシスです。総面積約59haの広大な敷地の中央に、広い芝生を持つイギリス式風景庭園があり、それをはさむよう

尾張藩下屋敷/箱根山(都立戸山公園)

Toyama Park/Mount Hakone
東京都新宿区大久保3-5-1

箱根山(戸山公園)

尾張藩徳川家の下屋敷時代の築山の名残というのが箱根山。山頂にある水準点の標高は44.6mで、人工の山ながら「東京23区の最高峰」で、山手線内の最高点。1671(寛文11)年、尾張藩2代藩主・徳川光友が造営を開始した下屋敷の大庭園に築かれた山

久留里藩下屋敷/椿山荘庭園

Chinzanso Garden/Hotel Chinzanso Tokyo
東京都文京区関口2−10−8

椿山荘庭園

地元で「バッケ」と呼ばれる目白崖線(めじろがいせん)に沿って、台地から神田川の渓谷へと下る地形を巧みに活かした庭園が、結婚式や宴会場、そしてホテルとしても名高い椿山荘(ちんざんそう)の庭園。江戸時代には上総国(かずさのくに/現・千葉県)、久

熊本藩下屋敷/肥後細川庭園(旧・新江戸川公園)

Higo Hosokawa Garden/Shin-Edogawa Park
東京都文京区目白台1-1

肥後細川庭園(新江戸川公園)

幕末には熊本藩細川家下屋敷の庭園だった場所。明治15年には華族となった細川家の本邸になり、昭和35年に東京都が購入し、昭和36年に公園として開園。さらに昭和50年から文京区立新江戸川公園として開放されていました。平成29年春から肥後細川庭園

加賀藩上屋敷/三四郎池(東京大学)

Sanshiro Pond (Ikutokuen Shinji-ike)/The University of Tokyo
東京都文京区本郷7-3-1

三四郎池(東京大学)

東京都文京区本郷、東京大学本郷キャンパスにあるのが夏目漱石の長編小説『三四郎』のモチーフとなった三四郎池。東大本郷キャンパスは、江戸時代には加賀藩上屋敷だった地で、三四郎池もかつての大名庭園「育徳園」の一部。正式名は育徳園心字池ですが、漱石

水戸藩藩下屋敷/隅田公園

Sumida Park
東京都台東区花川戸1-1

隅田公園|墨田区

隅田公園は隅田川の両岸、台東区浅草、花川戸、今戸と墨田区向島にまたがる公園。桜並木は、8代将軍・徳川吉宗の命で植栽された桜がルーツ。とはいえ当時の桜は、ソメイヨシノではありません。公園となったのは大正12年、関東大震災の帝都復興事業の一環で

笠間藩・宮津藩(本庄松平家)下屋敷/旧安田庭園

Kyu-Yasuda Teien Gardens
東京都墨田区横網1-12-1

旧安田庭園

本庄松平氏(常陸笠間藩、のち丹後宮津藩)の下屋敷だった地で、庭園は元禄年間(1688年〜1704年)に笠間藩初代藩主となった本庄宗資(ほんじょうむねすけ)が築いた大名庭園。明治時代に安田財閥を起こした安田善次郎の所有になったので旧安田庭園の

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