童男山古墳

童男山古墳

福岡県八女市、標高100m内外の丘陵の頂にある直径48mほどの巨大な円墳が、童男山古墳(どうなんざんこふん)。童男山古墳群を形成し、1号墳が童男山古墳と呼ばれています。長さ2.5m、幅1.3m、深さ0.5mの玄室を備えた、複室構造の横穴式石室があります。

巨大な横穴式石室は、筑紫君一族最後の古墳

童男山古墳

巨石を組み上げた巨大な横穴式石室の内部には、チブサン古墳、弘化谷古墳(広川町)と同様の石屋形(石棺を囲む屋根付の施設)があり、その内部にはくり抜きの石棺が納められていました(石室内はベンガラで塗装)。
膨大な土木作業を要することから、6世紀後半〜6世紀末頃の築造された、筑紫君一族の王墓と推測できます。

秦の始皇帝の時代に、日本に派遣された徐福一行の墓という伝承が残された不思議な古墳で、徐福伝説から旅行安全祈願、そして童男山(とうなさん)という名称から耳の神様として石祠も築かれています。
徐福一行は、海路で遭難し、ようやくこの地にたどり着いた際、この地で没しましたが、童男、童女を伴っていたのが古墳の名の由来になったとされ、毎年、1月20日の「徐福の命日」には、川崎小学校の児童により『童男山ふすべ』という行事が行なわれています。

ちなみに、徐福が秦を出航したのは、紀元前219年(第1回出航)、紀元前210年(第2回出航)とされ、日本列島は弥生時代のこと。
古墳が築造された6世紀後半〜6世紀末頃とは800年ほど差があるので、明らかに後世の創作ということに。

童男山古墳群は、1号墳の東側の尾根に13基、南の尾根に9基、西の谷を挟んだ尾根に5基の27基が確認され、いずれも円墳です。
童男山古墳(1号墳)に隣接して童男山古墳見学者駐車場があり、利用できます。

童男山古墳
童男山古墳
名称 童男山古墳/どうなんざんこふん
所在地 福岡県八女市山内北童男
関連HP 八女市公式ホームページ
ドライブで 九州自動車道八女ICから約9km
駐車場 童男山古墳見学者駐車場を利用
問い合わせ 八女市文化振興課 TEL:0943-23-1982/FAX:0943-24-4331
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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