下二之町・大新町(高山市下二之町大新町伝統的建造物群保存地区)

下二之町・大新町(高山市下二之町大新町伝統的建造物群保存地区)

岐阜県高山市、城下町として発展した飛騨高山のうち、越中街道沿いの商人町が下二之町・大新町。高山市の中心部を横断する安川通り(国道158号)以北の東西180m、南北780m、面積6.6haは、高山市下二之町大新町伝統的建造物群保存地区(国の重伝建)に指定されています。

商人町・下二之町と越中街道沿いの大新町

下二之町・大新町(高山市下二之町大新町伝統的建造物群保存地区)

高山市下二之町大新町伝統的建造物群保存地区に指定されるエリア内は、江戸時代から明治時代にかけて商人町として栄えた面影を残す下二之町地区と、越中街道の名残を残す大新町地区からなり、その中央に日下部民芸館(くさかべみんげいかん/旧日下部家、国の重要文化財)、吉島家(国の重要文化財)があり、明治から昭和初期までの各時代の変化に富んだ美しい家並みが残されています。

明治8年の大火で安川通り以北の江戸時代の町家は焼失してしまいましたが、明治以降も物資の集散地としての性格がさらに強まり、越中街道沿いに財を蓄積した商家が建ち並びました。

大新町の宮地家住宅は、明治8年の大火の直後に建てられた高山の標準的な町家のひとつ。
日下部家住宅も江戸時代の建築様式を生かして明治12年に再建されたものです。

高山城下では、安川通りの南側が日枝神社、北側が桜山八幡宮の氏子区域で、日枝神社の氏子エリアをを上町(かみちょう)、桜山八幡宮の氏子の町を下町(しもちょう)と称していました。
下二之町・大新町は、下町にあたり、大新町には職人や半農半商的な職能の者が多く居住し、上町の商家とは異なった歴史を有しています。
下二之町は、今も地元高山市民が買い物に来る町で、菓子屋、餅屋、料理屋など、普段着の市民が使う商店が集まり、それが町の魅力にもなっています。

桜山八幡宮の氏子である下二之町・大新町(しもにのまち・おおじんまち)の人々は、祭屋台を護持する屋台組を中心に結束が強く、鳩峯車組町並保存会、神馬台組町並保存会、船鉾台組町並保存会、豊明台組町並保存会、浦島台組町並保存会、大新町1丁目3班町並保存会、越中街道町並保存会の7保存会が町並み保存の原動力となっているのです。

ブリを運んだ越中街道が通る町

高山は越中街道(富山側では飛騨街道)の起点にあたり、藩政時代以降には飛騨の生糸、ブリなど富山からの海産物や塩、米を中継する商人の町として栄えました。
例えば、富山湾で揚がった越中ブリは越中街道を経て高山に入り、飛騨ブリと名前を変えて、野麦峠を越えて松本へと送られました。
飛騨ではブリはお正月に欠かせない縁起物で、人々は雪が舞い始めると、日本海からやってくるブリを心待ちにしたのです。

富山湾で水揚げされたブリは、その日のうちに塩ブリに加工され、猪谷の関所を越え、高山まで32里の道のりを歩荷(ぼっか)の背にのせて運ばれました(道中で2泊し、3日目の早朝、高山に到着)。
昭和9年に高山線が全通するまで、越中街道(現在の国道41号)を使ってブリの輸送が行なわれ、越中街道が「越中ブリ街道」と呼ばれるのも、そんな歴史から。

下二之町・大新町(高山市下二之町大新町伝統的建造物群保存地区)
名称 下二之町・大新町(高山市下二之町大新町伝統的建造物群保存地区)/しもにのまち・おおじんまち(たかやましもにのまちおおじんまちでんとうてきけんぞうぶつぐんほぞんちく)
所在地 岐阜県高山市大新町2
関連HP 高山市公式ホームページ
電車・バスで JR高山駅から徒歩15分
ドライブで 高山清見道路(中部縦貫自動車道)高山ICから約4km。または、長野自動車道松本ICから約80km
駐車場 市営弥生橋駐車場(21台/有料)など
問い合わせ 高山市観光課 TEL:0577-32-3333
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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