成ヶ島・成山展望台

成ヶ島・成山展望台

兵庫県洲本市、淡路島の紀淡海峡に突き出した由良港の沖に浮かぶ無人島が成ヶ島(なるがしま)。その砂州が発達した地形から「淡路橋立」とも呼ばれる景勝地です。成ヶ島の北側の成山の山頂には、成ヶ島成山山上広場があり、「淡路橋立」一望の成山展望台が設けられています。

眼前に天橋立のような景観が展開

成ヶ島南側の高崎には、高崎台場跡があり、ふたつのピークを結んで発達するのが砂州で、成ヶ島成山山上広場展望台から南側の高崎への眺めは、まさに天橋立。

成ヶ島は中世から近世に、水軍(洲本安宅氏)の拠点だった地で、標高52mの成山は由良成山城の跡。
慶長16年(1610年)、洲本藩主・池田忠雄(いけだただかつ)が洲本城を廃し、由良成山城を修築しし水軍の基地としますが、寛永12年(1635年)、大坂の陣で功を成した蜂須賀至鎮(はちすかよししげ)が阿波藩主となった際(洲本藩を廃止し、阿波藩領に/阿波藩は明治以降に徳島藩という呼称に)、由良成山城を廃し、再び洲本城へ城を移しています(由良引けと呼ばれています)。

明治24年に紀淡海峡に浸入する外国艦船を砲撃する由良要塞の一部として成山砲台が完成。
成山第一砲台に15cmカノン砲(2門)、21cmカノン砲(6門)が、成山第二砲台に12cmカノン砲(2門)、28cm榴弾砲(2門)が配置されています。

現在は成山山上広場が整備され、紀淡海峡や成ヶ島を一望にする展望台になっています。
成ヶ島に渡る場合は、由良支所南側駐車場、由良漁港などに車を入れ、成ヶ島渡船に乗船(運航日に注意)。
成ヶ島桟橋から徒歩で成山山上広場を目指します。

成ヶ島・成山展望台
名称 成ヶ島・成山展望台/なるがしま・なるやまてんぼうだい
所在地 兵庫県洲本市由良町成ヶ島
電車・バスで 由良港・成ヶ島渡船場から渡船を利用
ドライブで 神戸淡路鳴門自動車道洲本ICから約14.6kmで由良支所
駐車場 由良支所南側駐車場、由良漁港などを利用
問い合わせ 洲本市商工観光課 TEL:0799-24-7613
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
成ヶ島渡船(由良支所北桟橋)

成ヶ島渡船(由良支所北桟橋)

兵庫県洲本市由良、淡路島の紀淡海峡・友ヶ島に突き出した先端部に位置する由良港と、沖の無人島・成ヶ島(「淡路橋立」の景観で有名)を結ぶ渡船が成ヶ島渡船。由良支所北桟橋から出航するこの小船が、観光的に成ヶ島に渡る唯一の手段で、由良港の内航不定期

生石公園生石山砲台跡

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兵庫県洲本市由良町にある紀淡海峡を防備する由良要塞の砲台跡が生石公園生石山砲台跡(おいしこうえんおいしやまほうだいあと)。日清・日露戦争を控えて紀淡海峡に侵入するする外国艦隊を防備するために生石山に築かれた堡塁(ほるい=敵の攻撃を防ぐために

髙埼灯台(高崎台場・高崎砲台跡)

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兵庫県洲本市、淡路島の紀淡海峡に突き出した由良港の沖に浮かぶ無人島が成ヶ島(なるがしま)。その形から「淡路橋立」とも呼ばれる成ヶ島。その南端に位置するのが髙埼灯台で、幕末の高崎台場、そして明治時代に由良要塞の一部だった高崎砲台跡。灯台の建つ

 

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