景福寺公園

姫路市街は太古は海だったと推測できますが、島だった部分が男山など市街地に緑濃い小山となって点在しています。そのひとつが景福寺公園。景福寺(曹洞宗)の裏山なのでその名がありますが、この景福寺公園は、姫路城大天守までわずか700少々なのに、高台という利点から、穴場の姫路城の展望台に。姫路市の「世界遺産姫路城十景」にも選定。

幕末の鳥羽伏見の戦いでは、ここから姫路城を砲撃

景福寺山は、『播磨国風土記』の十四丘伝説の一つである「船丘」と推測されています。
景福寺山の山頂には、あまり知られていませんが江戸中期に姫路藩主を務めた松平明矩(まつだいらあきのり)の墓所があります。

幕末に姫路藩主・酒井忠惇は老中として幕府方に属したため、鳥羽伏見の戦いでは姫路藩も朝敵とされ、岡山藩・龍野藩の混成である新政府軍の将兵1500人に包囲されます。
その時、新政府軍の池田茂政(池田輝政の子孫)は、景福寺山に大砲を構え、姫路城めがけて空砲を放っています。
実弾も混じっており、このうち一発が福中門に命中し一足触発の危機を迎えましたが、摂津国兵庫津(現・神戸市)の勤王派の豪商・北風荘右衛門貞忠(北風正造=兵庫および神戸の発展に貢献し、明治維新後には神戸駅用地を提供)が15万両もの私財を新政府軍に寄付して、衝突、炎上などの難を逃れています。

景福寺公園は山頂部に平成6年に造られた比較的新しい公園ですが、駐車場がないため山麓から歩く必要があります(大手門駐車場から徒歩)。

展望広場東端からは好古園越しに姫路城西の丸と天守群を眺望し、ここからの眺めが「世界遺産姫路城十景」になっているのです。

山麓の景福寺は、藩主酒井家の菩提寺で、境内に幕末藩主の正室三代の墓石が並び、飾磨県の仮庁舎にもなった場所です。

景福寺公園 DATA

名称 景福寺公園/けいふくじこうえん
Keifukuji Park
所在地 兵庫県姫路市岡町
電車・バスで JR・山陽電鉄姫路駅から徒歩25分
ドライブで 山陽自動車道山陽姫路東ICから約7km
駐車場 なし/大手門駐車場(600台/有料)を利用
問い合わせ 姫路市観光振興課TEL:079-287-3652/FAX:079-287-3657
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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