太田家住宅(鞆七卿落遺跡)

太田家住宅(鞆七卿落遺跡)

広島県福山市鞆町にある江戸時代の豪商で保命酒を醸した旧宅が太田家住宅。幕末に尊王攘夷派の三条実美ら七公卿も滞在したことから別名「鞆七卿落遺跡」とも。18世紀中期から19世紀前期に建てられた全9棟からなる住宅は、江戸時代、福山藩から醸造専売権を得ていた保命酒屋・中村家が前身。明治に入り太田家が受け継いだもの。

「保命酒」を醸造した鞆の豪商の家

太田家住宅(鞆七卿落遺跡)

国の重要文化財に指定される建物群は、主屋や保命酒(ほうめいしゅ)醸造蔵など9棟で、棟札などから、主屋が江戸時代中期の18世紀中期、炊事場・南保命酒蔵が18世紀後期、北保命酒蔵が天明8年(1788年)、西蔵が寛政元年(1789年)、東保命酒蔵が寛政7年(1795年)、釜屋・新蔵・北土蔵が19世紀前期頃と判明しています。

その立地から西国大名の宿舎として、また頼山陽、朝鮮通信使をはじめ、伊能忠敬らも訪れ、尊王攘夷派の三条実美(さんじょうさねとみ)ら七公卿も長州に逃れる際に滞在したことから別名「鞆七卿落遺跡」(ともしちきょうおちいせき)と呼ばれています。

平成8年〜平成13年、6年の歳月をかけて保存修理事業が行なわれ、屋敷構えとしては最も充実した幕末から明治時代初期の姿に戻されています。

みどころは主屋の店土間。
引上げ式の大戸や炊事場には海水を引く排水溝も整備されています。
また大八車が奥の蔵へ段差なく行けるバリアフリーの発想にも驚かされます。

大坂の漢方医だった中村家と保命酒

正保3年(1646年)〜慶応2年(1866年)まで詳細に書き続けられた32冊の日記と7冊の記録類(中村家文書/福山市鞆の浦歴史民俗資料館蔵)によれば、明暦元年(1655年)に大坂(現・大阪)から北前船と醸造業で繁栄する鞆に移り住んだ中村吉兵衛(漢方医)は、漢方薬の知識と鞆の醸造のノウハウを融合し(長崎出島に薬草の買い付けに向かう途中に立ち寄った鞆で見つけた地酒「吉備の旨酒」に生薬を漬け込む)、万治2年(1659年)に保命酒の販売を開始。

中村吉兵衛は、福山藩主・水野家の鞆町奉行に願い出て、家伝の薬法で焼酎製銘酒を造り、「十六味地黄保命酒」と名付けて、製造販売したことが始まりです。
「吉備の旨酒」(現在のみりん)に13種の薬草を漬け込み、これに醸造成分の焼酎、もち米、麹を加えて十六味としたものが「十六味地黄保命酒」です。
江戸時代、保命酒は福山藩の庇護を受け、備後の特産品として全国的に名が広がり、日米和親条約の締結後、ペリー提督一行の接待に保命酒がふるまわれるほどの銘酒に発展(幕末の老中首座は福山藩主・阿部正弘)。
門外不出、一子相伝の保命酒は、明治維新後、藩の保護を失い、藩への貸付金で大きな損失も生みました。
さらに、明治4年の百姓一揆で大きな損害を生み、専売制の廃止で保命酒を造る業者も現れたことから大阪〜尾道航路の運営、豚の飼育と多角経営に活路を見出しますが、ついに明治36年には、完全廃業となっています。
中村家の衰退と同時に、鞆には何軒かの保命酒屋が誕生していますが、入江豊三郎本店もその一軒で、入江豊三郎(香川県観音寺で海運業、清酒の醸造業などを営んでいました)は、明治19年から保命酒の醸造を開始しています。
岡本亀太郎本店は、中村家の保命酒廃業時に道具一式を譲り受け、保命酒の醸造を始めて今に至る醸造元です。
太田家住宅のすぐ北側の鞆酒造も明治12年創業、八田保命酒舗も明治41年創業と、いずれも「十六味地黄保命酒」の歴史と伝統を今に受け継いでいます。

名称 太田家住宅(鞆七卿落遺跡)/おおたけじゅうたくともしちきょうおちいせき
所在地 広島県福山市鞆町鞆842
関連HP 福山観光コンベンション協会公式ホームページ
電車・バスで JR福山駅から鞆鉄バス鞆の浦方面行きで30分、鞆港下車、徒歩5分
ドライブで 山陽自動車道福山東ICから約15kmで福山市鞆の浦第1駐車場
駐車場 福山市鞆の浦第1駐車場(40台/有料)
問い合わせ TEL:084-982-3553
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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