上山藩武家屋敷・森本家

上山藩武家屋敷・森本家

山形県上山市、上山城の西側を南北に走る仲丁通り(武家屋敷通り)沿いに4軒並んで現存する中級武家屋敷のうちの1軒、もっとも南に建つのが上山藩武家屋敷・森本家。実際に使われている民家のため内部の見学はできませんが、外観と庭(「黄華園」)のみ、迷惑がかからない範囲で見学ができます。

外観と「黄華園」と名付けられた庭を見学

上山藩武家屋敷・森本家
庭に配された水琴窟

上山藩の藩庁、藩主居館が置かれた上山城ですが、二ノ丸に上級武家屋敷、上山城の西側と北側に中級、下級武家屋敷が配されていました。
森本家の16代当主・森本登志郎(もりもととしろう)さんを中心に、上山藩武家屋敷保存会を設立し、それまでU字溝だっだ部分も、かつて生活用水、防火用水として利用していた時代の開渠(かいきょ)に戻し、城下町にせせらぎの水音が復活しています。

保存会メンバーや地域住民との話し合いをきっかけに住民の意識も高まり、清掃活動や花の植栽なども行なわれ、平成17年度の国土交通省「手づくり郷土賞」を受賞。

森本家の先祖は丹波国多紀郡大雲荘(丹波篠山市の北東端、大芋・おくも地区)出身。
祖先が篠山藩主・松平忠国(まつだいらただくに)の家臣となり、以降、代々藩主の随伴役が多く、寛永3年(1706年)、松平信通(まつだいらのぶみち)の移封に伴い3代当主・森本秀盛が上山へ定住。
文久年間(1861年~1863年)以降、現在の屋敷に移動したと伝えられています。

11代当主の森本秀晋(上山藩の藩校明新館の教師、藩主の訓育掛)は屋敷に愛着を感じ、主屋を「錦嫡亭」、庭園を「黄華園」と命名しています。

上山藩武家屋敷・森本家
上山藩武家屋敷・森本家
名称 上山藩武家屋敷・森本家/かみのやまはんぶけやしき・もりもとけ
所在地 山形県上山市鶴脛町1-7-48
関連HP 上山市公式ホームページ
電車・バスで JRかみのやま温泉駅から徒歩15分
ドライブで 山形自動車道山形蔵王ICから約14km
駐車場 上山城郷土資料館(上山城)駐車場を利用
問い合わせ 上山市教育委員会 TEL:023-672-1111/FAX:023-672-3001
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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