十六橋水門

十六橋水門

日本海へと流れ出る阿賀野川水系の一級河川である日橋川の水門で、猪苗代湖の湖口に位置するのが十六橋水門。明治13年、安積疏水事業の一環として猪苗代湖ダム化のために水門を兼ねた16径間の石造アーチ橋が建設されたのが始まり。大正3年に電動式のゲートに改築され、道路と水門の分離のために新たに十六橋が架けられています。

近代化産業遺産、土木学会推奨土木遺産、日本遺産などにも選定

「東北地方の産業振興の基礎を築いた水資源・交通・都市基盤整備の歩みを物語る近代化産業遺産群」として経済産業省の近代化産業資産、土木学会推奨土木遺産、さらには一帯が4万年前の磐梯山の噴火で生じた「岩なだれ」によってできた流れ山地形ということで、磐梯山ジオパークのジオサイト、日本遺産「未来を拓いた「一本の水路」~大久保利通“最期の夢”と開拓者の軌跡 郡山・猪苗代~」の構成資産にもなっています。

明治初年に、福島県士族によって安積郡桑野村の開墾が行なわれていましたが、東北開発に強い関心を持った大久保利通は、安積郡桑野村の官民一体となった開拓に心を動かされ、安積疏水の開削を決意します。
明治政府による東北の開発は、この安積原野に用水を開削する安積疏水の建設が皮切りです。

十六橋水門は、郡山地域への用水取水のため、湖の水位を調整する水門で、安積疏水の建設に先立って日橋川の湖口に設けられた水門です。
安積疏水事業は、オランダ人技術者コルネリス・ヨハネス・ファン・ドールン(Cornelis Johannes van Doorn)が建設を指導し、明治13年10月23日に十六橋水門が完成しています(16門すべてが堅牢なアーチ型の公道を兼ねた石造りの水門)。

ファン・ドールン銅像
明治のお雇い外国人のひとり、オランダ人技師・ファン・ドールンは、明治11年5月、猪苗代湖の湖水の唯一の出口、日橋川の湖口に位置する十六橋に水位計を設置。
5月〜10月の間に、まずは既存の施設が使う必要水量を測定しています。
その結果、湖水の出口である日橋川を2尺(60cm)掘り下げ、水門を設置すれば、97cmの利用水深があることが判明したのです。
十六橋水門の完成により、水害防止が図られ、猪苗代湖対岸からの安積疎水への取水が可能となりました。
明治初期に人口5000人の寒村だった郡山が、福島県の中核都市へと発展する基礎を築いたのは、ファン・ドールンにほかありません。
十六橋水門近くに、昭和6年10月14日、猪苗代水力電気株式会社を創設した工学博士・千石貢の提唱で銅像が設置されています。
第二次世界大戦中の金属供出の際には、初代の安積疏水土地改良区の理事長であった渡辺信任の指示のもと、地元農民たちの手で銅像を山に埋め隠して紛失を装い、憲兵の厳しい尋問にも口を閉ざし続け、終戦後、2年が経ってから掘り出しています。
このエピソードはオランダにも伝えられ、ファンドールンの生誕地であるオランダのブルメン市と郡山市の友好関係が築かれ、昭和63年に姉妹都市となっています。

十六橋水門 DATA

名称 十六橋水門/じゅうろっきょうすいもん
所在地 福島県耶麻郡猪苗代町・会津若松市河東町八田戸ノ口堰下
電車・バスで JR猪苗代駅からバス会津若松ゆき金の橋下車。または、タクシーで20分
ドライブで 磐越自動車道磐梯河東ICから約7.5km
駐車場 20台/無料
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