石垣山一夜城歴史公園

石垣山一夜城歴史公園

小田原から箱根へと上る箱根ターンパイク沿いにある標高262mの尾根状のピークが石垣山。今ではミカン畑が広がるのどかな山だが、東は相模湾に臨み、北は小田原市街を眼下にするという立地から、戦国時代末に豊臣秀吉が「石垣山一夜城」を築いた場所。一帯は石垣山一夜城歴史公園として整備されています。続日本100名城に選定。

実際には80日をかけて完成した山城

天正18年(1590年)、豊臣秀吉は小田原攻めに際し、小田原城に籠城する北条氏直(ほうじょううじなお)を将とする北条軍を水陸18万の大軍を率いて包囲し(清水港を拠点港にし米20万石を陸揚げ)、その本陣として笠懸山に総石垣の城を築いたことから石垣山と呼ばれるようになりました。
現在では国土地理院の地形図でも石垣山と表示されています。

築城にあたり、山頂の林に塀や櫓の骨組みを造り、白紙を張って白壁のように偽装、一夜のうちに周囲の樹木を伐採したため、小田原城中の将兵が驚き志気を失ったといわれています。
しかし、これはあくまで物語(フィクション)で、実際には延べ4万人が動員され、4月5日に着工、約80日間にわたっての突貫工事が行なわれ、天正18年6月26日(1590年7月27日)に完成。
小田原城下を眼下にする石垣山城の完成は、籠城する後北条氏側に精神的にも打撃をもたらし、ついに7月5日、北条氏直は降伏し、小田原城は開城しています。

石垣山には元禄大地震や関東大震災にも耐えた石垣が現存。
国の史跡に指定された本丸、二の丸、西曲輪、南曲輪、井戸曲輪一帯は石垣山一夜城歴史公園として整備され、南曲輪下の駐車場まで車で進入も可能。
また、二の丸北端には小田原市街を一望にする展望台もあり、豊臣秀吉や帯同した淀、千利休が眺めたであろう景観を目にすることができます。
籠城する後北条氏を横目に、秀吉はこの石垣山城で茶会、能楽を開いたりし、参陣した諸大名を労っています。

石垣山
石垣山から眺めた小田原城(望遠で撮影)
名称 石垣山一夜城歴史公園/いしがきやまいちやじょうれきしこうえん
所在地 神奈川県小田原市早川1383-12
関連HP 小田原市公式ホームページ
電車・バスで JR早川駅から徒歩50分
ドライブで 小田原厚木道路小田原西ICから約4km
駐車場 50台/無料
問い合わせ 小田原城総合管理事務所 TEL:0465-23-1373
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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