走水低砲台跡

走水低砲台跡

神奈川県横須賀市走水2丁目、観音崎の北、東京湾に突き出した走水の旗山崎公園にあるのが、走水低砲台跡。標高20mほどの台地に27cmカノン砲(加農砲)4門を構えた東京湾要塞の砲台跡。砲座や弾薬庫、兵舎などほとんどの遺構が現存し、公開されています(土・日曜、祝日 はガイドなしで見学可能)。

砲座跡、弾薬庫などのレンガ積み構造物が現存

走水低砲台跡

旗山崎の名は、日本武尊が東征の際に御旗を立てた場所に由来で、岬状になった全体は御所ヶ崎と呼ばれています。
東京湾が最も狭まる場所に位置することから、幕末には旗山台場が置かれ、明治19年に走水低砲台を設置。
旗山崎全体が砲台で、半円形の4つの砲座に27cmカノン砲(二十七糎加農砲)が備えられ、東京湾を睨んで一列に並んでいました。

明治19年に設置されたのは、走水・観音崎と富津岬を結ぶ線が、東京湾の入口(最も狭まった部分)で、横須賀軍港、首都防衛の重要拠点だったから。
日清戦争(明治27年〜明治28年)以前の構築なので、清国艦隊の襲来を意識していたのだと推測できます(明治8年の江華島事件以降、対日戦略で清国は、海軍力を拡大、明治21年、清国は北洋艦隊を正式に編成)。
対岸の富津元洲堡塁砲台は、明治17年に完成しています。

実戦での使用は昭和9年までですが、終戦まで横須賀重砲兵学校の演習用砲台として活用されていました。

一般公開日以外の平日は、ガイド同行のみ見学可能なので注意が必要。
平日に走水低砲台跡を見学する場合には、専門ガイド(猿島公園専門ガイド協会、NPO法人よこすかシティガイド協会事務局などに問い合わせを)が案内するツアーに参加を。

走水低砲台跡
走水低砲台跡
名称 走水低砲台跡/はしりみずていほうだいあと
所在地 神奈川県横須賀市走水2-698
関連HP 横須賀市公式ホームページ
電車・バスで 京急馬堀海岸駅から京急バス観音崎行きで10分、走水上町下車、徒歩5分
駐車場 なし
問い合わせ 猿島公園専門ガイド協会 TEL:080-6655-0557/NPO法人よこすかシティガイド協会事務局 TEL:046-822-8256
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

中の島展望台(富津元洲堡塁砲台跡)

当初は清国北洋水師、次にロシア太平洋艦隊の来攻を想定して東京湾の入口、富津岬の基部に築かれた東京湾要塞のひとつが富津元洲堡塁砲台。東京湾要塞の一部として大正時代まで機能しました。現在は県立富津公園の一部で、要塞の中央部には中の島展望台(中の

 

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