現在、日本国内にはカラフルなカラーリングとデザインの列車があふれていますが、昭和25年に国鉄80系電車、通称「湘南電車」が登場するまでは、茶色の車両というのがほとんどでした。流線型の顔、オレンジ色と濃緑色のツートンカラーという出で立ちで登場したのが「湘南電車」です。
時代を拓いた特徴とは!?
時代を拓いた特徴その1:日本初の長編成電車
東海道新幹線は、開業当初12両編成で運転していますが、開業後6年後の昭和45年から16両編成での運転に変わりました。
首都圏では、湘南新宿ライン、上野東京ラインで15両編成という長大な編成も普及し、現在では長編成電車に驚きはありませんが、その皮切りとなったのが、国鉄80系電車なのです。
設計段階で長編成を意識して開発されています。
時代を拓いた特徴その2:「長距離を走る電車」として誕生
長距離輸送を担う電車というものがまだなかった時代、「長距離大量輸送を電車が担う」時代の幕開けとして登場したのが国鉄80系電車。
それまでは「通勤電車」という存在は山手線、京浜東北線くらいで、近距離列車はもちろん、長距離を走る列車は機関車が客車を牽引していたのです。
横須賀軍港とを結ぶ軍用列車としても機能した横須賀線には昭和6年、国鉄32系電車が投入され、ひと足早く電車化が実現していましたが、さらに長距離輸送の東海道線は、戦後も電気機関車牽引の客車が走っていたのです。
時代を拓いた特徴その3:流線型の「湘南顔」
戦後、日本を占領したGHQは、アメリカのインターアーバン(都市間電車)が衰退期に差し掛かっていたことから、すでに電化が完成していた東海道本線(東京〜沼津)の電車投入に懐疑的でした。
それを克服するため、国鉄は横須賀線に並ぶ短距離電車という名目で、国鉄80系電車の開発に着手したのです。
最高速度100km/h超の高速性能を保つために、先頭を流線型にしたのも画期的でした。
実は1930年代に、世界的な流線型の流行を受けて、蒸気機関車にカバーを付けて流線型蒸気機関車を生み出していますが、実際にはその効果を得るほどのスピードで走るわけではありませんでした。
そんななか、少し流線型にした先頭車両、そして2次車両からは、先頭を2枚窓にするという当時としては画期的なフォルムで、「湘南顔」といわれるスタイルが誕生したのです。
この「湘南顔」は京王線などにも導入され、一世を風靡しました。
時代を拓いた特徴その4:オレンジと緑の「湘南色」
国鉄80系電車に共通するカラーリングが、オレンジと緑のツートンカラー。
当時の国鉄が定めた色名称は、緑(ダークグリーン/R53・G79・B51、#354F33)が「緑2号」、オレンジ(R202・G106・B31、CA6A1F)が「黄かん色」です。
当時の国鉄は、「みかんと茶葉にちなんだ色」として、湘南のイメージを打ち出していますが、実はアメリカのグレート・ノーザン鉄道(Great Northern Railway)の代表列車「エンパイア・ビルダー」(流線型の大陸横断列車)に用いられた焦げ茶色とオレンジの車両塗装がモチーフとなっているのです。
湘南色はオレンジに緑という組み合わせにしたのは、濃緑色のほうがオレンジに似合う、そして汚れが目立たないという考えからで、「みかんと茶葉にちなんだ色」というのはどうやら後付のようです。
それでも、東海道線にさっそうと登場した「湘南色」の電車は、茶色の車両を見慣れた人には強烈なインパクトを与えたのです。

どこに行けば会える!?
投入された国鉄80系電車は、合計652両で、普通列車だけでなく準急としても活躍し、一等車も製造されています。
そんな時代を切り拓いた湘南電車ですが、なんと現存する車両はわずかに2両しかありません。
その2両が「クハ86形1号車」と「モハ80形1号車」で京都鉄道博物館のプロムナードに展示されています(0系新幹線の横に展示)。
カラーリングだけは、現在の湘南新宿ライン、上野東京ラインの車両にも踏襲されていますが、そのルーツがこの国鉄80系電車だということを知る人は、少ない存在です(実は、車両塗装が多様化するきっかけとなった形式です)。
首都圏では、藤沢駅ホームのNewDays藤沢5号店(ホームの小田原寄り、キャッシュレス専用店舗)が、国鉄80系電車先頭車両のレプリカで、クハ86023(設置当初はKIOSKで、クハ86027)という車両番号を付けています。
| 【昭和レトロな旅】時代を切り開いた流線型「湘南電車」に会いに行こう! | |
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