熊本は熊がいないのになぜ「熊」本で「くまモン」なの!?

熊本県のゆるキャラは、有名な「くまモン」。熊本なので、「くまモン」というネーミングは当然でしょうが、そもそも熊本にはツキノワグマは生息していないのに、なぜ熊本なのでしょう? 有名な童謡『あんたがたどこさ』でも、猟師は狸(タヌキ)を射止めていて、熊ではありません。

加藤清正が築城するまでは隈本だった!

熊本のシンボル、熊本城

童謡で手毬唄の『あんたがたどこさ』は、
「あんたがたどこさ 肥後さ 肥後どこさ(もしくは「肥後もっこさ」) 熊本さ 熊本どこさ 船場(せんば)さ 船場山(せんばやま) には狸がおってさ それを猟師が鉄砲で撃ってさ 煮てさ 焼いてさ 食ってさ それを木の葉でちょいと隠(かぶ)せ」
という歌詞です。
ただし、この歌、戊辰戦争に出兵した熊本人が川越市の仙波山に駐屯した際の現地の子供たちとのやりとりが元になっているという説もあり、必ずしも熊本発祥ではない可能性も。

もともと熊本の熊は、ツキノワグマではなく、地形の隈(くま=川の曲がったところ)のこと。
阿武隈(あぶくま)のクマ、さらには千曲川(ちくまがわ)のクマ、熊本県では球磨郡(くまぐん)のクマもこの隈(川の曲がったところ)の可能性が大ということに。

熊本はもともと隈本という地名でしたが、慶長12年(1607年)、この地に新城を築城する加藤清正は、隈という字を嫌って、熊本に改めたのです。
なぜ隈を忌み嫌ったのかといえば、畏には「おそれる、かしこまる」という意味合いがあるから。

もともと、こざとへんは高度差、丘、山などを意味する言葉、+恐れるで、崖、地すべり地形などに使われる漢字でした。
隈本、つまりは崖下では地名として良くないと考えたのかもしれません。

ちなみに、熊本県では球磨村で、ツキノワグマの骨が出土しているので、中世には熊も生息していたことがわかっています。
加藤清正が隈本を熊本に改称した際には、まだまだ山中には数多くのツキノワグマが生息していたので(江戸時代末期に減少)、熊本という名にしたという可能性も大いにあります。

「くまモン」にはそんな熊本の歴史をも秘めているのです。

加藤清正が熊本の名付け親
熊本は熊がいないのになぜ「熊」本で「くまモン」なの!?
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

よく読まれている記事

こちらもどうぞ