乙訓寺

乙訓寺

京都府長岡京市にある真言宗豊山派の寺、乙訓寺(おとくにでら)。寺伝によれば推古天皇の命により聖徳太子創建で、唐から帰朝した空海も当地に滞在したとか。奈良・長谷寺の末寺にあたり、長谷寺から移された2000株の牡丹が茂り、牡丹寺としても有名です。

GWには牡丹が咲き誇る牡丹寺

延暦3年(784年)、桓武天皇の長岡京遷都時には長岡京の地鎮として広大な寺域を誇り、延暦4年(785年)、長岡京遷都を建議した造長岡宮使・藤原種継(ふじわらのたねつぐ)の暗殺事件(造宮監督中に矢で暗殺)に関わったとして、早良親王(さわらしんのう=桓武天皇の実弟)が廃太子、乙訓寺に幽閉されています(無実を訴えるため乙訓寺で絶食し、淡路国に配流される途中に死去)。
その後、朝廷に不吉なことが連続し、早良親王の祟(たたり)と恐れた桓武天皇は、わずか10年で都を長岡京から平安京に戻しています。

その後、弘仁2年(811年)、嵯峨天皇の命を受けて空海が別当を務めています。
往時の堂宇は戦国時代、織田信長の兵火により焼失。
江戸時代になって、5代将軍・徳川綱吉(とくがわつなよし)が乙訓寺を祈祷寺とし、堂宇の再建。
現在は江戸時代の元禄年間に建てられた、本堂などを残すのみですが、徳川将軍家の帰依を受けたため、本堂屋根には葵の紋が付いています。

4月末〜5月初旬にかけては、30種2000株、赤やピンクなどさまざまな色の牡丹が咲き誇り、日除けのための白い和傘と牡丹の花が、独特の景観と風情を演出。

平安時代後期作の木造毘沙門天立像は国の重要文化財。

長岡天満宮〜乙訓寺は徒歩30分ほどなので散策にも絶好です。

乙訓寺
名称 乙訓寺/おとくにでら
所在地 京都府長岡京市今里3-14-7
関連HP 乙訓寺公式ホームページ
電車・バスで JR長岡京駅西口・阪急京都線長岡天神駅から阪急バスで11分(長岡天神駅からは5分)薬師堂下車、徒歩5分。または阪急京都線長岡天神駅から徒歩20分
駐車場 なし
問い合わせ 乙訓寺 TEL: 075-951-5759
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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