良正院

良正院

京都市東山区にある知恩院の塔頭(たっちゅう)のひとつが良正院(りょうしょういん)。徳川家康の次女で、池田輝政(いけだてるまさ)の夫人となり、姫路城で死去した督姫(とくひめ)の追善のために、息子である池田忠雄(いけだただかつ)が寛永8年(1631年)に徳川秀忠の許を得て、創建したもの。

家康の次女で池田輝政の夫人・督姫ゆかりの寺

督姫は、徳川家と北条家との和睦のため、天正11年(1583年)、いったんは北条氏直の正室となりますが、豊臣秀吉の小田原攻めで北条家が敗れると、家康の助命嘆願で秀吉から助命されて高野山に幽閉。
文禄3年(1594年)、秀吉の肝いりで池田輝政に再嫁し、慶長14年(1609年)には息子の池田忠継、忠雄、輝澄を連れて駿府城の父・家康に謁見、ひと月あまり駿府に滞在しています。
この時、自身が日蓮宗から浄土宗に改宗することを条件に、息子の輝澄を日蓮宗にする許可を得ています。

慶長19年(1614年)、大坂冬の陣の講和が成ると、二条城に父・家康を見舞いますが、翌年に疱瘡を患い51歳で死去。
法名は良正院殿隆譽智光慶安大禅定尼で、これが寺の名の由来、墓所は知恩院にあります。

鶯張りの廊下を有する本堂(方丈)は国の重要文化財。

なお良正院「竹の間」では、鳥取藩士で勤王の志士・奥田万次郎が自刃(鳥取藩の尊王攘夷派藩士22名が藩重役・黒部権之介ら3人を本圀寺で斬殺)。
門前には真下飛泉(ましもひせん) 作詞の軍歌『戦友』の「ここはお国を何百里」が刻まれた歌碑も立っています。

良正院
名称 良正院/りょうしょういん
所在地 京都府京都市東山区林下町400
電車・バスで 地下鉄東西線東山駅から徒歩10分
ドライブで 名神高速道路京都南ICから約9km
駐車場 三門前駐車場(30台/有料)など周辺の有料駐車場を利用
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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