二条城・西門

二条城・西門

京都府京都市中京区、江戸時代には将軍の京滞在時の宿所、明治維新後は皇室の離宮となったのが二条城。外堀沿い、城郭の西側にあるのが西門で、江戸時代には通用門として活用されていました。後水尾天皇の行幸を前にした寛永3年(1626年)頃の築で、国の重要文化財に指定。

大政奉還を発表後、徳川慶喜は西門から退城

二条城を訪れた人でも、この西門を目にすることはあまりない、知る人ぞ知る門ですが、天明8年(1788年)の大火で、本丸西櫓門などを焼失しているので。本丸西側に残る貴重な門となっています。

門の形状は埋門ですが、屋根がある高麗門となっています。
門をくぐった先には枡形で櫓門がありましたが、大火で失われています。

往時には外堀に木橋が架かり、門に入ることができる仕組みでしたが、明治以降に木橋も失われ、門のみが現存しています。
西門を入ると番所があり(現存していません)、その先に西北土蔵がありますが、土蔵に収める米なども通用門である西門を通ったということに。

大政奉還を発表後、15代将軍・徳川慶喜は、この西門から退城し大坂城に向かったのです。
徳川慶喜の退城で、幕府の城としての機能は失われたことになります。

二条城・西門
名称二条城・西門/にじょうじょう・にしもん
所在地京都府京都市中京区二条通堀川西入ル二条城町541
関連HP元離宮二条城公式ホームページ
電車・バスで地下鉄東西線二条城前駅下車、徒歩2分で東大手門。JR京都駅から市バスで17分、二条城前下車、徒歩1分で東大手門
ドライブで名神高速道路京都南ICから約7.7km
駐車場第1駐車場(120台/有料)、第3駐車場(20台/有料)
問い合わせ二条城 TEL:075-841-0096/FAX:075-802-6181
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

二条城

徳川家康が京都の守護と上洛時の宿泊場所として1603(慶長8)年に築造し、3代将軍・徳川家光が伏見城の遺構を移すなどして1626(寛永3)年に完成したのが二条城(元離宮二条城)。1867(慶応3)年に15代将軍・慶喜が大政奉還を行なうまで京

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