日本三大崩れとは!?

日本三大崩れ

全国数ある崩落地の中から、大地震などで崩落した場所3ヶ所が日本三大崩れ。明治44年の稗田山(現・長野県小谷村)の北面で山体崩壊が起きた稗田山崩れ、宝永4年(1707年)の宝永地震による大谷嶺(現・静岡市葵区)の大谷崩、安政5年(1858年)に飛越地震により発生した立山(現・富山県立山町)の鳶山崩れの3ヶ所です。

稗田山崩れ(ひえだやまくずれ)|長野県小谷村

所在地:長野県北安曇郡小谷村千国乙
崩落年:明治44年8月8日
崩落の原因:地震などはなく不明(4日前の台風による豪雨で崩壊しやすい土地の地盤がゆるんだとも)
規模:北小谷村役場があった来馬集落が壊滅、県道(馬車道)は埋没し、川は堰き止められて長瀬湖と呼ばれる土石流堰止湖が誕生
展望地:崩落地直下の金谷橋、浦川中流に架かる浦川橋

稗田山崩落跡(稗田山崩れ)

稗田山崩落跡(稗田山崩れ)

白馬連峰のひとつ乗鞍岳(2456m)から派生する尾根のピークが稗田山(ひえだやま/1443m)。尾根の南側は白馬コルチナ国際スキー場、白馬乗鞍スキー場ですが、尾根の北側は「稗田山崩れ」の大崩落地。山麓から見上げると巨大な崖のように見えるのが

浦川橋(「稗田山崩れ」展望地)

浦川橋(「稗田山崩れ」展望地)

長野県小谷村を流れる浦川の中流に架かる橋。日本三大崩れのひとつ、明治44年8月8日に起こった稗田山の山体崩壊「稗田山崩れ」の跡地、稗田山崩落跡を一望にする絶景の地。橋の近くには園地が整備され、稗田山崩れの犠牲者の慰霊と災害を後世に語り継ぐ指

大谷崩(おおやくずれ)|静岡県静岡市

所在地:静岡県静岡市葵区梅ヶ島
崩落年:宝永4年10月4日(1707年10月28日)
崩落の原因:宝永地震による山体崩壊
規模:山体崩壊で発生した土砂は1億2000立方メートル。宝永地震後の大雨で数回に分かれて土砂が下流へと押し流され、安倍川には数段の河岸段丘が誕生し、土石流の末端に赤水の滝が懸かる
展望地:大谷嶺登山口の大谷崩駐車場(標高1230m)まで車で入ることができ、徒歩5分で展望地

大谷崩

大谷崩

静岡市葵区の安倍川源流・安倍奥、大谷嶺(おおやれい)の南斜面にある大崩壊が大谷崩(おおやくずれ)。宝永4年10月4日(1707年10月28日)の宝永地震による山体崩壊で生まれた巨大な崩壊地で、稗田山崩れ(長野県小谷村)、鳶山崩れ(富山県立山

鳶山崩れ(とんびやまくずれ)|富山県立山町

所在地:富山県中新川郡立山町
崩落年:安政5年2月26日(1858年4月9日)
崩落の原因:飛越地震
規模:五色ヶ原にあった外輪山の大鳶山と小鳶山は完全に消滅し、立山カルデラに大量の土砂が流れ込み、出シ原温泉(立山温泉)が消滅
展望地:立山黒部アルペンルート途中、弥陀ヶ原にある立山カルデラ展望台

立山カルデラ展望台

立山カルデラ展望台

立山黒部アルペンルート途中、弥陀ヶ原(みだがはら)にある展望地が立山カルデラ展望台。立山高原バスを弥陀ヶ原で下車し、「国民宿舎 天望立山荘」入口横から森林帯の中の遊歩道を歩けば立山カルデラ展望台で立山黒部ジオパークのジオサイトにもなっていま

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