蔵王大権現大鳥居

蔵王大権現大鳥居

宮城県刈田郡蔵王町遠刈田温泉、国道457号と分岐した、蔵王エコーライン・宮城県道12号(白石上山線)の入口部分(鬼石原)に、蔵王エコーラインをまたいで立つのが蔵王大権現大鳥居。昭和37年11月の蔵王エコーライン開通を記念して、昭和44年に建立されたものです。

江戸時代末には二の鳥居が立っていた場所

蔵王という山名は、吉野山(奈良県)、金峯山寺(きんぷせんじ)の蔵王権現に由来。
白鳳時代に役行者(えんのぎょうじゃ)が吉野山から山上ヶ岳一帯(金峯山)で山岳修行中に蔵王権現を感得した山岳修験のルーツが吉野山の金峯山寺(現・奈良県吉野町)で、平安時代に不忘山、刈田嶺と呼ばれていた山頂に蔵王大権現が祀られ、蔵王山とよばれるようになったのです。

江戸時代に、修験の山として栄え、さらに庶民が蔵王権現に参詣する人々が増え、登拝道が整備されました。
遠刈田温泉のこけしも、湯治客というよりは、むしろ蔵王権現土産として生まれたのだと推測できます。

蔵王権現の一の鳥居は冷水堂(れいすいどう)の上、八丁(2.6㎞)にあり、戦後に撤去されましています。
二の鳥居は円田棚村(たなむら)にあり、江戸末期に遠刈田温泉の鬼石原(おにいしはら=現在の蔵王大権現大鳥居の場所)に移され、さらにその後、神仏分離・廃仏毀釈で遠刈田温泉の蔵王刈田嶺神社に移されています。
三の鳥居は円田棚村の鳥山(とりやま)にありましたが、江戸時代に取り払われ、現存していません。

国道457号と蔵王エコーラインの分岐点には蔵王大権現石華表供養塔(ざおうだいごんげんせきかきょうくようとう)が立っています。
華表とは鳥居のこと。
華表は石鳥居で、寛政6年(1794年)、一の鳥居を建てたときの供養碑で、蔵王エコーラインの蔵王大権現大鳥居が建立に際して、この地に移されたもの。
かってこの地には、江戸末期に二の鳥居が移された場所なので、蔵王エコーラインが、かつての蔵王登拝道(現在、蔵王古道として復元)沿いに築かれたことがわかります。

宮城蔵王ヒルクライムルート(距離18.7km、標高差1334m、平均勾配7.1%、最大勾配12.0%)もここが出発点。

蔵王大権現大鳥居
名称 蔵王大権現大鳥居/ざおうだいごんげんおおとりい
所在地 宮城県刈田郡蔵王町遠刈田温泉
ドライブで 東北自動車道村田ICから約15km、または、白石ICから約18km
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
蔵王エコーライン

蔵王エコーライン

宮城県刈田郡蔵王町・七ヶ宿町と山形県上山市をつなぎ、昭和37年11月8日、全長25km(山形県側14km・宮城県側11km)、幅員6mの山岳有料道路として全線開通。昭和39年9月27日に、蔵王町・七ヶ宿町境の刈田峠から御釜展望台直下まで蔵王

 

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