若山牧水生家

若山牧水生家

宮崎県日向市(ひゅうがし)の坪谷川(つぼたにがわ)の清流のほとりに建つ若山牧水(わかやまぼくすい)の生家。若山牧水(本名:若山繁)は、明治18年8月24日、東臼杵郡東郷村(現・日向市東郷町)の医師・若山立蔵の長男として生誕。現存する生家は牧水の祖父・若山健海が幕末の弘化2年(1845年)に建てたもの。

若山牧水の「牧水」を生んだ故郷

祖父・若山健海は、武蔵国入間郡神谷新田(現・千葉県所沢市神米金)の出身。
激動の幕末に、江戸や福岡で漢学を学んだ後、長崎でオランダ医学を学び、日向国(現・宮崎県)で医院を開業。 
オランダ人モーニッケから種痘の方法を学び、嘉永2年(1849年)3月、日向の地でそれを試したことにより、日本における種痘の先覚者としてその名を残しています。

明治18年8月24日、牧水は東に面した縁側で生誕。
診療所を営んでいた父も祖父(1階部分は当時診療所)も外出中だったということです。

若山牧水は、坪谷尋常小学校を卒業し、宮崎県立延岡中学校(現・宮崎県立延岡高等学校)に入学するまでこの生家で過ごしています。
18歳のとき、牧水という号を決めていますが、「当時最も愛していたものの名二つをつなぎ合わせたものである。牧はまき、即ち母の名である。水はこの(生家の周りにある)渓や雨やから来たものであった」(『おもひでの記』)としています。
牧水は、家の前に流れる坪谷川で泳いだり、鮎釣りを楽しんだと伝えら、それが牧水の「水」となったのです。

明治37年、早稲田大学文学科に入学して、故郷を離れています。
生家裏山にある巨石には牧水が「文学か故郷か」で思い悩んだ時の心境を詠んだ歌が刻まれています。

『おもひでの記』 若山牧水

私の生れた村、詳しく云へば日向国宮崎県東臼杵郡東郷村大字坪谷村は山と山との間に挟まれた細長い峡谷である。
ことに南には付近第一の高山である尾鈴山がけはしい断崖面を露はして眼上(まうえ)に聳えているので、一層峡谷らしい感じを与へて居る。
村の長さは東西に延びて四五里もあるだらうが、戸数は僅か二百か三百足らずのものであると思ふ。
私の家はその一番戸であった。(今は三番地と呼ぶ亊になっている相だ)つまり村の東の入口に当たっている。

其処に新たに家を建てた亊に就いても私は祖父を並ならぬ人の一つに思はざるを得ぬのである。
それはその場所が付近でも際立って優れた好位置にあったからである。
或は他に理由があったのか、若しくは偶然であったかも知れぬが、私には矢張りそれが彼に山川を見る眼があった故だとのみ思はれてならない。
家は村を貫通する唯一の道路に沿ひ、真下に渓に臨んで居る。
そして恰度その渓は其処まで長い滝の様になって落ちてきた来た長い長い瀬が、急に其処で屈折して居るために其処だけが豊かな淵となり、
やがてまた瀬となって下り走り、斜め右と左とに末遠くその上下の渓を展望することが出来る地位にある。

名称 若山牧水生家/わかやまぼくすいせいか
所在地 宮崎県日向市東郷町坪谷3
関連HP 若山牧水記念文学館公式ホームページ
電車・バスで JR日向市駅から宮交バス神門・中山行きで50分、牧水生家前下車、徒歩すぐ
ドライブで 東九州自動車道日向ICから約21km
駐車場 26台/無料
問い合わせ 若山牧水記念文学館 TEL:0982-68-9511
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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