高城山展望台

高城山展望台

奈良県吉野郡吉野町、吉野山の奥千本にある標高698mのピークにある展望台が、高城山展望台(たかぎやまてんぼうだい)。後醍醐天皇が鎌倉幕府の倒幕に立ち上がった元弘の乱(げんこうのらん)の際、大塔宮(おおとうのみや=護良親王)が本陣とした吉野城(現・蔵王堂一帯)の詰城となった地。

遠く大阪市街まで眺望できるので、望遠鏡持参で!

西側、牛頭天王社(ごずてんのうしゃ)跡近くのトイレ横から階段状の山道で展望台(高城山休憩所)へと上れるほか、南側の駐車スペース横から山上へと舗装道路(車の進入は不可)も通じています(奥千本を走る車道は反時計回りの一方通行で、トイレに到達したら南側入口の駐車場へは戻れません)。

高城山山頂にはコンクリート製の展望台(高城山休憩所)があり、吉野全山はもちろん、晴れていれば大阪市街から大阪城まで見渡すことが可能。

『万葉集』に「み吉野の高城(たかき)の山に白雲は行きはばかりてたなびけり見ゆ」と詠まれていますが、これは当時吉野宮(飛鳥時代に斉明天皇が吉野に築いたという離宮)があったと推測される宮滝(吉野町宮滝、宮滝遺跡)で吉野山を見上げて詠んだもの。

元弘の乱で、大塔宮(護良親王)と北条軍(鎌倉幕府軍)との攻防では、土地に精通する吉野執行・岩菊丸(いわぎくまる)が鎌倉幕府・北条方に与したため、守備の薄い山上側から攻撃され、高城山の砦はあえなく落城しています。

秋は紅葉が見事です。
西の麓にあり、明治の神仏分離、廃仏毀釈で廃寺となった牛頭天王社(牛頭天王=神仏習合の神で、祇園精舎の守護神)は、高城山の詰城の鎮守社として創建されたと伝えられています。

高城山展望台
牛頭天王社跡
高城山展望台
名称 高城山展望台/たかぎやまてんぼうだい
所在地 奈良県吉野郡吉野町吉野山
ドライブで 西名阪自動車道郡山ICから約46km
駐車場 4台/無料、)、観桜期〜GWには周辺に交通規制が実施されるため臨時開設される郊外駐車場(シャトルバス料込で有料)を利用
問い合わせ 吉野町観光案内所 TEL:0746-39-9237/FAX:0746-39-9178
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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