確実に誤解を生む! まさかの天守閣(5)長岡城|新潟県

新潟県長岡市は、江戸時代、越後長岡藩・牧野家(7万4000石)の居城、長岡城があり、幕末には戊辰戦争の激戦地となった地です。本丸跡は、現在の長岡駅あたり、二の丸跡が「シティホールプラザ アオーレ長岡」です。ところが、市街地のはずれ悠久山公園に天守閣風の長岡城がそびえ立っています。

そもそも長岡城には天守はなかった!

長岡駅のパネル『長岡城下年中行事図絵 年始登城』

幕末の越後長岡藩は、新政府軍に徹底抗戦。
河井継之助(かわいつぎのすけ)主導で奥羽列藩同盟に加わり、北越戦争を展開しました。
その敗北を受け、長岡城は完璧なまでに破却され、上越線の駅舎が本丸跡東部分(設置当時は「遊覧場」という園地でした)に建設されています(明治31年開業)。

上越新幹線で長岡駅を降りると、大手口という案内を目にしますが、駅前のロータリーが本丸の跡ということに。

もともと長岡城には天守はなく、本丸北西の御三階櫓(おさんかいやぐら)が代用天守として機能していました。

天守風の建物は、「長岡市郷土史料館」

戊辰戦争後に建物や石垣が完全に破却された長岡城ですが、悠久山公園にはなぜか天守風の建物があります。
昭和43年、昔を偲ばせる建物がないことで、市制60周年記念事業で悠久山公園に天守風の「長岡市郷土史料館」を建設、文化財をここに集めて、後世に長岡藩、長岡城の歴史を伝えようといたもの。
コンクリート製の復興天守が全国に建てられていた時代、長岡駅となった駅周辺に博物館を建てる余地がなく、悠久山公園を選んだということでしょう。

ただし、天守風の建物は、御三階櫓を模したものではなく、どことなく奥羽列藩同盟の盟友、会津若松城に似た外観です。

「長岡市郷土史料館」は4階建ての天守閣に走り櫓、角櫓が付随し、角櫓部分から入城する仕組み。
一見すると、往時の長岡城天守を模したとも思えますが、長岡城には天守がなかったので、完全に天守風博物館ということになります。

昭和29年、長岡駅地下道建設の際に見つかった石垣を「長岡市郷土史料館」の石垣(角櫓部分の石垣)の一部に転用しています。
展示内容は、先人顕彰展示(天守閣2階、3階及び走り櫓2階)、悠久山先人顕彰碑の紹介(角櫓1階玄関)、雪国の民俗展示(天守閣1階)で、実はあまり長岡城についての解説はありません。
4階は展望台となっているので、展望施設としては楽しむことができますが、城好きには少し物足りない内容かもしれません。

4階は展望台になっていて越後平野を一望に
確実に誤解を生む! まさかの天守閣(5)長岡城|新潟県
名称 長岡城/ながおかじょう
所在地 新潟県長岡市大手通1JR長岡駅前広場
電車・バスで JR長岡駅から徒歩2分
ドライブで 関越自動車道長岡ICから約6.2km
駐車場 アオーレ長岡地下駐車場(103台/有料)・大手口駐車場(191台/30分まで無料、以降有料)・大手通地下駐車場(190台/有料)など利用
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
長岡城本丸跡

長岡城本丸跡

JR長岡駅・大手口の駅前広場に立つ「長岡城本丸跡の碑」。もともと本丸は現在の長岡駅が建つ場所にありましたが、明治元年・慶応4年(1868年)、北越戊辰戦争のため焼失し、廃城に。その後、公園にもなりましたが明治31年6月16日、北越鉄道線長岡

確実に誤解を生む! まさかの天守閣(1) 館山城|千葉県

全国各地に戦後建てられたコンクリート造りの天守閣があります。南房総・館山市、市街地の外れの山上にそびえる館山城は、実は、曲亭馬琴(きょくていばきん)の『南総里見八犬伝』をテーマにした博物館。見ごたえある展示ですが、実は建物自体は、犬山城を真

熱海城

確実に誤解を生む! まさかの天守閣(2)熱海城|静岡県

静岡県熱海市、熱海港近くの熱海後楽園ホテル近くから熱海ロープウェイで標高100mまで上り、さらに高台に建っているのが熱海城です。小田原(神奈川県小田原市)が北条氏の拠点だったため、その出城があったと誤解する人もいますが、たんなる観光施設とし

洲本城・模擬天守

確実に誤解を生む! まさかの天守閣(3)洲本城|兵庫県

令和8年に築城500周年を迎える淡路島の名城、洲本城(すもとじょう/兵庫県洲本市)。「登り石垣」という全国でも数例しかない珍しい遺構が良好な状態で保存され、続日本100名城にも選定される城です。山上に建つ天守閣的な建物は、昭和4年に建造され

千葉城

確実に誤解を生む! まさかの天守閣(4)千葉城|千葉県

千葉県千葉市は、中世に桓武平氏の武士である千葉氏の領有する地で、その居城が千葉城ともっともらしい天守がそびえ立つのが、千葉城です。千葉県千葉市中央区亥鼻にある平山城の亥鼻城(いのはなじょう)、通称・千葉城には、千葉常胤(ちばつねたね)騎馬像

富山城

確実に誤解を生む! まさかの天守閣(6)富山城|富山県

富山県富山市の中心に位置する富山城。続日本100名城にも選定される富山城には立派な「天守」がそびえています。この天守、昭和29年に開催された『富山産業大博覧会』のシンボルタワーとして建設されたコンクリートの建物で、現在は富山市郷土博物館とし

確実に誤解を生む! まさかの天守閣(7)小牧山城|愛知県

愛知県営名古屋空港(小牧空港)の北、濃尾平野の独立峰、小牧山に築かれた城が、小牧山城。もともとは織田信長が、美濃平定を目指し、清州城から本拠を小牧山に移して城を築いたのが始まり。信長没後の権力争いの小牧山の戦いでも有名です。そんな小牧山の山

確実に誤解を生む! まさかの天守閣(8)伊賀上野城|三重県

伊賀忍者のふるさととして知られ、今や忍者で世界的に売り出し中の、伊賀上野。そのシンボル的な存在となっているのが伊賀上野城です。優美な姿で被写体にも絶好ですが、実は、復興天守(元あった天守をコンクリートや木造で再建)ではなく、あくまで模擬天守

確実に誤解を生む! まさかの天守閣(9)岸和田城|大阪府

大阪の城というと大阪城(大坂城)を思い浮かべますが、岸和田城も見逃せない名城。日本100名城は惜しくも逃したものの、続日本100名城ではその筆頭的な存在です。江戸時代には岸和田藩の藩庁で、江戸時代後期まで立派な天守がそびえていましたが、現在

大阪城天守

確実に誤解を生む! まさかの天守閣(10)大阪城|大阪府

大阪城公園にそびえ立つ、大阪城の天守閣。「大阪城天守閣は、豊臣時代・徳川時代に続く3代目のもので、昭和6年(1931)市民の寄付金によって復興されました」と説明されるように、3代目の天守であることをPRしています。さてさて、3代目の天守は、

よく読まれている記事

こちらもどうぞ