明治時代には全国有数の石油採掘地だった新津(新潟県新潟市秋葉区)。「日本の石油王」と呼ばれた中野貫一は、明治36年、商業規模の油田発掘に成功、財を成した新津の偉人。石油の里公園内にある中野邸記念館は、石油王・中野貫一、忠太郎父子が全盛期の明治33年~37年にかけて贅を尽くして築造した邸宅と庭園(泉恵園)です。
「日本の石油王」邸宅と庭園が記念館に!
中野邸記念館内部には当時親交のあった著名人からの手紙、中野家に伝わる美術品などを展示しています。
一般客用の応接室、賓客用の和室、賓客用の応接室、和洋折衷の賓客の間、当主の部屋、女中部屋なども公開されています。
庭園(主庭、中庭)は35年という歳月をかけて築庭したもので、秋の紅葉も実に見事。
長い歳月をかけたのは、失業対策という側面があったから。
一の蔵は企画展、二の蔵に矢野正善記念室など蔵も展示施設として活用されています。
130種2000本のモミジの仲間が植栽される1万2000坪の庭園は、紅葉の名所としても知られ、見頃は例年11月中旬~11月下旬。
中野邸記念館は、「にいがた庭園街道」の構成資産にもなっています。
日本の石油王・中野貫一と新津油田
石油採掘施設も平成8年に長い歴史を閉じていますが、実際に使われた新津油田の石油の採掘・精製施設を産業文化遺産として整備公開したのが石油の里公園です。
新津油田は、明治時代後期から大正時代にかけて、日本一の産油量を誇った油田で、「日本坑法」公布の翌年(明治7年)、越後国蒲原郡金津村の大庄屋だった中野家の中野貫一が政府に採掘を出願し、翌年に採掘を始めています。
中野貫一は明治21年、日本石油の創立にも、発起人として参画。
最初の試掘から29年目の明治36年、初めての商業規模の油田を掘り当て、金津鉱場開発の端を開いています。
石油の里公園内には、中野邸記念館のほか、石油の世界館、里山ビジターセンター、古代館、金津の滝(白玉の滝)などがあります。
新津油田金津鉱場跡は、国の史跡になっています。
中野邸記念館 | |
名称 | 中野邸記念館/なかのていきねんかん |
所在地 | 新潟県新潟市秋葉区金津598 |
関連HP | 中野邸記念館公式ホームページ |
電車・バスで | JR新津駅からタクシーで10分 |
ドライブで | 磐越自動車道新津ICから約10.3km。または、安田ICから約12.2km |
駐車場 | 35台/無料、観光物産館駐車場(165台/無料)、新潟県立植物園駐車場(340台/無料)、新津美術館・新津フラワーランド駐車場(170台/無料)など |
問い合わせ | 中野邸記念館 TEL:0250-25-1000 |
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。 |
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