前島記念館

前島記念館

新潟県上越市下池部、「郵便の父」といわれる前島密(まえじまひそか)の生家跡に昭和6年11月7日にオープンした記念館が、前島記念館。日本の郵便の仕組みをつくった前島密を紹介するミュージアムで、郵政博物館の分館になっています。

「郵便の父」、前島密の業績を紹介

天保6年(1835年)、越後国頸城郡下池部村(現・新潟県上越市下池部)の豪農の次男に生まれた前島密は、弘化4年(1847年)、 江戸に出て医学を修め、蘭学・英語を習得。
安政5年(1858年) – 航海術を学ぶため箱館へ赴くなど、多様な知識を身につけ、慶応元年(1865年)、 薩摩藩の洋学校(開成所)の蘭学講師に転身。

幕末の慶応3年(1867年)、開成所(江戸幕府の洋学教育研究機関、東京大学のルーツ)の数学教授に就任していますが、明治2年、明治政府の招聘により、民部省・大蔵省に出仕します。

明治3年、駅逓権正(えきていごんのかみ/駅逓司=逓信省のルーツ、現在の郵政省)に任ぜられ郵便事業の開始を発案します。

「明治十四年の政変」(大隈重信と伊藤博文の対立、開拓使官有物払下げ事件に端を発した明治時代の政変で、薩長派が口実を設けて、払い下げに強く反対した大隈重信などの重鎮を追放、結果として薩長藩閥グループの政治体制が確立)で辞職したの後には、郷土の発展にも尽くし、北越鉄道の社長として、直江津〜新潟間の鉄道開通に尽力しています。

前島記念館の館内では駅逓権正など等の辞令、前島密と明治維新時の偉人たちとの往復書簡、愛用の尺八などの遺品、遺墨など前島密の業績関連資料を中心に郵便の歴史的資料、日本の切手、世界の切手を紹介しています。

前島密が「郵便の父」といわれるそのワケは!?

前島記念館

前島密は幼名を上野房五郎といい、前島に改姓したのは、慶応2年(1866年)、幕臣・前島家の養子となってから。

つまり、前島記念館が建つのは上野家の屋敷跡ということに。
大正9年に村民の募金によって生家屋敷跡地を譲り受け、大正11年5月に建立された「男爵前島密君生誕之処」碑には、「日本文明の一大恩人がこゝで生まれた」と記されています。

明治3年、駅逓権正となった前島密は、それまで、東京〜京都間で政府から飛脚問屋への支払いが月額1500両(現在の3000万円ほど)と高額だったことに着目。
飛脚問屋への支払いを原資にすれば、国家財政に大きな負担はなく、速やかに全国に通信網を整備できると考えたのです。
そして、この新規事業を「郵便」と名付けて建議しました。

それまでの飛脚制度と区別するため、あえて古代中国の宿場や駅を指す「郵」の字を使ったのです。
この建議が受け入れられ、明治4年3月1日(1871年4月20日)、最初に東京、横浜、名古屋、京都、大阪を結ぶ東海道の宿駅62ヶ所に郵便取扱所(現在の郵便局)を設置。
宿駅間を運送員が、郵便物の入った11kgの行李(こうり)を担いで走るという駅伝的なスタイルは、それまでの飛脚制度と大きな変わりはありません。
東京〜大阪間を78時間で配達するというスピードを実現しました。

雨よけの屋根が付いた「書状集め箱」を設置したことが、飛脚時代とは大きく異なり、いつでも誰でも手紙を送れる制度の誕生となったのです。

逆に、郵便事業で廃業に追い込まれそうな定飛脚問屋(じょうびきゃくどんや)は、強く反対していましたが、前島密の説得を受け入れ、明治5年6月に日本通運の前身となる陸運元会社を設立。
全国の宿駅に誕生した陸運会社を統合し、郵便輸送を中核として貨物専門の近代的な通運会社として発展したのです。

郵便や郵便切手、郵便為替、郵便貯金などの用語は、前島密自身が事業を創案する際に選択した言葉なのです。
明治時代に、国内各地で開催された『勧業博覧会』(明治10年、東京上野で『第1回勧業博覧会』開催)も、前島密の提案。

まさに碑文にある通り「日本文明の一大恩人」に間違いありません。

前島記念館
名称 前島記念館/まえじまきねんかん
所在地 新潟県上越市下池部1317-1
関連HP 郵政博物館公式ホームページ
電車・バスで JR高田駅から頸城バス水科・岡田・浦川原行きで15分、三王下車、徒歩5分。またはJR高田駅からタクシーで15分
ドライブで 北陸自動車道上越ICから約6km
駐車場 10台/無料
問い合わせ 前島記念館 TEL:025-524-5550/FAX:025-524-5550
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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