隆泉寺

隆泉寺

良寛が1831(天保2)年、74歳で息をひきとるまでの4年間、身を寄せていたのが越後・長岡の木村家。その木村家の菩提寺が隆泉寺で、ともに加賀がルーツなのだとか。良寛の墓は、良寛の三回忌に木村家の願いで建立されたもの。

境内には、良寛と弟・山本由之、木村家の墓が仲良く並ぶ

隆泉寺の往時の堂宇は、幕末の戊辰戦争の戦火で焼失し、現在の本堂などは大正3年の再建。
戊辰戦争の戦火を免れた蔵が経蔵となっています。

木村家の墓地には、良寛と、1834(天保5)年に没した実弟・山本由之(国学者・歌人、橘屋新左衛門)の墓が並んでいます。
山本由之は良寛の出家後25歳で、出雲崎の名主でもあり廻船問屋を営む橘屋山本家を継いでいますが、敦賀屋との争いに破れて没落。
所払いとなって晩年は与板で過ごしています。

隆泉寺境内には托鉢姿の良寛像も立っていますが、彫刻家・滝川美一(たきかわよしかず)の作。
隆泉寺参道前の石碑「良寛和尚墳墓之地」は糸魚川出身の相馬御風(そうまぎょふう=早稲田大学校歌「都の西北」を作詞)の書です。

隆泉寺・良寛像

隆泉寺 DATA

名称 隆泉寺/りゅうせんじ
Ryusenji Temple
所在地 新潟県長岡市島崎4709
関連HP 長岡市公式ホームページ
電車・バスで JR小島谷駅から徒歩15分
ドライブで 関越自動車道長岡ICから約20km。北陸自動車道西山ICから約20km
駐車場 なし
問い合わせ 長岡市和島支所産業建設課TEL:0258-74-3114
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

木村家(良寛終焉の地)

2017年12月28日
 

 

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プレスマンユニオン編集部

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