万関瀬戸

対馬(長崎県対馬市)にある対馬西部の浅茅湾(あそうわん)と東部の三浦湾(みうらわん)をつなぐ運河。運河上には国道382号の万関橋(現在の橋は3代目)が架橋されています。旧海軍の開削した運河で、建設当初は久須保水道と呼ばれていました。

日本海海戦を想定した帝国陸軍が掘削した運河

瀬戸という名がありますが、実際は明治33年に帝国海軍が開削した運河。
日本海に浮かぶ対馬は、明治27年の日清戦争後の中国大陸の緊張関係の中、対露対策としても竹敷要港部(たけしきようこうぶ/帝国海軍が明治29年に設置した初の要港部)から対馬東海上までの所要時間を短縮するための航路開拓が至急の課題となっていました。

幕末の1861(文久元)年、対馬の中央に広がる浅茅湾の芋崎を、ロシアの軍艦ポサドニック号が占拠するという事件が起きたこともあって、日本軍は対馬を国防上の重要拠点と位置づけていました。
南下政策をとるロシアにとって、将来的には不凍港である対馬の占拠を目論むことは当然の成り行きだったのです。

明治37年に日露戦争が勃発した際には、水雷艇部隊がこの万関瀬戸を使って出撃することを想定していました。
ちなみに、日本海海戦も国際的には「対馬海戦」(Battle of Tsushima)と呼ばれています。

往時には幅25m、深さ3mほどでしたが、昭和50年に幅40m、深さ4.5mに拡幅されています。
竹敷の深浦には水雷艇隊の基地跡があり、「竹敷海軍要港部跡の石造施設群」は、土木遺産にも認定。

万関瀬戸
名称 万関瀬戸/まんぜきせと
Manzekiseto canal
所在地 長崎県対馬市美津島町久須保
関連HP 対馬観光物産協会公式ホームページ
ドライブで 対馬空港から約7.7km。厳原港から約17.8km
駐車場 対馬万関憩いの広場駐車場などを利用
問い合わせ 対馬観光物産協会 TEL:0920-52-1566 /FAX:0920-52-1585
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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