備前国分尼寺跡

備前国分尼寺跡

岡山県赤磐市、基壇などの残る備前国分寺跡と古代の山陽道を隔てて南側にあるのが備前国分尼寺跡。天平13年(741年)、聖武天皇の国分寺・国分尼寺建立の詔で、備前国に築かれた法華滅罪之寺(ほっけめつざいのてら)の跡。東部分は仁王堂池、西側が農地となり、本格的な発掘調査も行なわれていません。

国分寺同様の軒丸瓦、軒平瓦が出土

国分僧寺(備前国分寺)のものと同様の軒丸瓦、軒平瓦が出土していること、礎石の一部が見つかっていることから、備前国分尼寺跡と推測されていますが、基壇などは失われ、史跡指定もされていません。
仁王堂池というため池の名称が、尼門(にゅうもん)の転訛と考えられることから、備前国分尼寺跡に推定されています。

名称 備前国分尼寺跡/びぜんこくぶんにじあと
所在地 岡山県赤磐市穂崎
関連HP 赤磐市公式ホームページ
電車・バスで JR瀬戸駅からタクシーで10分
ドライブで 山陽自動車道山陽ICから約4km
問い合わせ 赤磐市教育委員会社会教育課 TEL:086-955-0710
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
備前国分寺跡

備前国分寺跡

岡山県赤磐市にある古代寺院の跡が備前国分寺跡。天平13年(741年)、国分寺創建の詔によって全国に建立された国分僧寺、正式名は金光明四天王護国之寺(こんこうみょうしてんのうごこくのてら)のひとつ。古代、備前国の国府は今の岡山市にありましたが

両宮山古墳

両宮山古墳

岡山県赤磐市(あかいわし)にある巨大な前方後円墳が両宮山古墳(りょうぐうざんこふん)。墳丘長206mという巨大な前方後円墳で、5世紀後半(古墳時代中期)頃の築造。備前地方では最大、岡山県でも第3位の巨大な前方後円墳で、ヤマト王権と密接な関係

 

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