大川原火流し|黒石市

大川原火流し

毎年8月16日19:00~20:00、青森県黒石市で青森県の無形民俗文化財『大川原火流し』が行なわれます。南北朝時代、宗良親王(むねよししんのう・むねながしんのう)を匿った信州の豪族の子孫が落ち延びて大川原に住みつき、南朝方戦死者の霊を慰めるため火を焚き川に流したのが始まりという伝承があります。

巨大な3隻の精霊船が川を下る

南北朝時代、後醍醐天皇第3皇子・宗良親王(むねよししんのう・むねながしんのう)が戦に敗れ、信濃国(長野県)伊那郡に落ち延びます(当時、伊那は天竜川東岸が南朝方の勢力圏でした)。
宗良親王を長年にわたってかくまったのが伊那の豪族・香坂高宗(こうさかたかむね)。
宗良親王は、現在の大鹿村にあたる信濃の大河原(香坂高宗は大河原城主)に30年間滞在、「信濃宮」と呼ばれました。
香坂高宗は戦いに敗れ、子孫が落ち延びて大川原に住みつき、部下の霊を慰めるため火を焚き川に流したのが始まりとされています(南北朝時代の落武者がここに隠れ住み、戦乱の死者の慰霊から始まったともいう説は、残念ながら歴史的な根拠はありません)。

『大川原火流し』は、中野川にアシガヤを編み上げた3隻の船(精霊船とおぼしき船)を浮かべてその帆柱に火を放ち、5~6人の若者が下流の大川原橋まで500mほどをズブ濡れになりながら船を曳くもの。
帆柱の火を消さないように「ヤーレヤーレ、ヤーレヤ」と掛け声を発しながら下流を目指しますが、大岩にぶつかり、深みにはまるなど、実際にはかなりの難関が待ち構えています。

現在では、その年の吉凶を占う行事として大川原火流し保存会の手により行なわれています。
3隻の舟には意味があり、それぞれをワセ(早生)・ナカ(中生)・オクテ(晩生)と稲の3種に見立てており、その火の燃え具合から、豊凶を占うのです。
村内安全、疫病退散を願う伝統行事としても受け継がれています。

大川原集落は江戸時代までマタギが活躍した山村。
伊那・大河原から落ち延びた人が大川原を築いたというのは、マタギの活躍などとともに地元に残る古文書に記された話なのです。

大川原火流し|黒石市
開催日時 毎年8月16日19:00~20:00
所在地 中野川
場所 青森県黒石市大川原
関連HP 黒石観光協会公式ホームページ
電車・バスで 弘南鉄道弘南線黒石駅からバスで35分、大川原温泉下車
ドライブで 東北自動車道黒石ICから約10km
問い合わせ 黒石観光協会 TEL:0172-52-3488
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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