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番所の坂

番所の坂

大分県杵築市、城下町・杵築(杵築市北台南台伝統的建造物群保存地区)の風情ある坂道のひとつが、番所の坂。杵築城下にあった6ヶ所の番所のひとつ、北浜口番所があったことが坂の名の由来です。番所には番人が常駐し、夜間には大戸を閉めて通行ができなくなっていました。

北浜口番所があったことが名の由来

杵築城下には、北浜口番所、城の鼻口番所、魚町口番所、寺町口番所、馬場尾口番所、清水寺口番所の6ヶ所の番所があり、人や物資の出入りを厳しく取り締まり、城下の治安を維持していました。

南の谷町(商人町)から北へ酢屋の坂を上り、北浜に下る頂上部にあったのが北浜口番所(現在の杵築幼稚園近く)。

坂の上、北台武家屋敷には、筆頭家老の中根斎(現・大原邸)など、藩の要職の屋敷が並んでたので、重要な番所になっていました。

番所の坂には、頂上部から、まっすぐに北浜に下った石段が現存しています。
城に近づくにつれて道幅が狭くなるのは、城下町の防備的な発想から。

『町役所日記』には、嘉永2年(1849年)に土留のために切石を敷いた記録が残されていますが、坂の上に家老などの屋敷が並ぶ北台武家屋敷があったため、騎馬による登降を考慮したとものと推測されています。

北浜は城の搦手(からめて=裏門)に通じ、大内・灘手方面に往来できる城下、北の固めでした。

番所の坂
名称 番所の坂/ばんしょのさか
所在地 大分県杵築市杵築234
関連HP 杵築市観光協会公式ホームページ
ドライブで 大分空港道路杵築ICから約3.3kmで観光客用駐車場
駐車場 観光客用駐車場を利用
問い合わせ 杵築市観光協会 TEL:0978-63-0100
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

志保屋の坂(塩屋の坂)

大分県杵築市、城下町・杵築の南台武家屋敷(中根邸などがあります)から商人の町・谷町へと通じる坂道が志保屋の坂(塩屋の坂)。谷町通りを挟んで向かい合う反対側の坂が有名な酢屋の坂で、実は志保屋の坂(塩屋の坂)から酢屋の坂を眺めるのが、杵築を代表

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酢屋の坂

大分県杵築市、城下町・杵築の北台武家屋敷から商人の町・谷町へと通じる、杵築随一のロケーションを誇る坂道が、酢屋の坂。そのフォトジェニックな風景は、映画やドラマの舞台にも使われてきました。坂の下にかつて酢屋があったのが名の由来です。武家屋敷と

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大分県杵築市(きつきし)、城下町・杵築で家老職など上級武士の北台武家屋敷を代表する邸宅が、大原邸。もとは杵築藩筆頭家老の中根斎の邸宅、御用屋敷で、江戸末期には石高200石の用人、大原文蔵の邸宅となった建物。杵築市北台南台伝統的建造物群保存地

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北台武家屋敷跡(杵築市北台南台伝統的建造物群保存地区)

大分県杵築市、杵築城の西の高台に位置する、北台武家屋敷跡。杵築藩の上級武士が暮らした武家屋敷街で、杵築市北台南台伝統的建造物群保存地区にも選定されています。海蝕崖で囲まれた南北の台地は武家地、台地を囲む低地は町人地という「サンドイッチ型城下

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