真福寺(秩父三十四所観音霊場・札所2番)

秩父札所二番の大棚山真福寺は、曹洞宗の寺で本尊は聖観音。かつて33ヶ所だった秩父札所を34ヶ所とし、西国札所、坂東札所と合わせて100ヶ所霊場にするため、最後に加えられた寺です。桃の並木の参道はハイキングコースのような登り道で、1番札所から徒歩45分。ドライブの場合には、幅員が狭い場所もあるので運転には注意を。

秩父札所二番は無住の山寺で、納経は光明寺で

長享年間(1487年~1489年)に水害で秩父三十三ヶ所から外されましたが、信者からの復活要望で、室町時代の後期に34ヶ所目の札所となり、これにより、西国三十三所、坂東三十三箇所、秩父三十四箇所を合わせて百観音霊場となりました。
高篠山の中腹(現在地)に移ったのは、江戸時代の初め。

1860(万延元)年の火事で、大伽藍を焼失し、今では高台に観音堂が建つだけの無住の寺。
本尊は、聖観音立像一木造り(高さ64cm)で、室町時代の作。
鬼婆を救済したという観音霊験が伝えられています。

春には参道の紅白の梅と花桃、桜が見事に咲きます。

入母屋造り銅葺きの観音堂は、明治41年の再建。
内部には縁起物のさるぼぼが吊るされています。
無住のため納経は麓にある別当寺の光明寺(秩父市山田2191)で受け付けているので注意を(光明寺から真福寺へは徒歩35分)。

光明寺は、鎌倉時代の1318(文保2)年に創建したという古刹です。

広重・豊国作 『観音霊験記 秩父順礼』 第二番真福寺

幕末の1858(安政5)年、午歳総開帳(うまどしそうかいちょう=札所本尊の総開帳)にあわせて、江戸で作成・販売された『観音霊験記』。秩父二番札所の真福寺を描いた錦絵。
歌川広重が札所の様子を、さらに歌川豊国が札所にまつわる霊験(れいげん)を描いています。

真福寺の開基、大棚禅師が「鬼丸」という洞窟に住んでいる時、安置される聖観音菩薩像をたびたび老婆がやって来ては礼拝しました。
禅師が老婆にそのワケを尋ねると、「自分は悪行を働いてきた鬼婆(おにばば)ですが、観音様と結縁して、鬼畜の身を脱したい」と答えました。
そこで禅師は鬼婆に戎を授け、鬼婆は竹杖を寄進して何処ともなく消えたのだとか。
その竹杖今も光明寺に寺宝として残されています。

霊場間の距離・時間

1番札所・四萬部寺(秩父市栃谷418) — (2.1km/徒歩45分) — 2番札所・真福寺(秩父市山田3095/納経所は光明寺=秩父市山田2191) — (2.5km/徒歩50分) — 3番札所・常泉寺(秩父市山田1392)

真福寺(秩父三十四所観音霊場・札所2番)
名称 真福寺(秩父三十四所観音霊場・札所2番)/しんぷくじ
所在地 埼玉県秩父市山田3095
関連HP 秩父三十四所観音霊場秩父札所連合会ホームページ
電車・バスで 西武鉄道西武秩父駅から西武観光バス三沢経由定峰・皆野駅ゆきで20分、光明寺入口下車、徒歩5分で光明寺(二番納経所)、さらに35分で真福寺
ドライブで 関越自動車道花園ICから約24km
駐車場 10台/無料
問い合わせ 光明寺 TEL:0494-22-1832
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

常泉寺(秩父三十四所観音霊場・札所3番)

2017年10月29日

四萬部寺(秩父三十四所観音霊場・札所1番)

2017年10月29日

 

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