吉見観音(安楽寺)

吉見観音(安楽寺)

埼玉県比企郡吉見町の八丁湖近くにある真言宗智山派の古刹が吉見観音(安楽寺)。本尊は聖観世音菩薩で、寺号は安楽寺ですが吉見観音として有名。坂東三十三観音(坂東三十三箇所)の11番札所、さらに関東八十八箇所75番札所にもなっています。源範頼(みなもとののりより=源頼朝の異母弟)ゆかりの寺にもなっています。

本尊・聖観世音菩薩は、6月18日に御開帳

寺伝によれば奈良時代に行基が聖観音像を安置したのに始まり、大同元年(806年)、坂上田村麻呂が堂宇を建立して開基という古刹。
武蔵国横見郡吉見(現在の埼玉県比企郡吉見町)を領有した源範頼が三重塔を建立したと伝えられますが、天文6年(1537年)、後北条氏が松山城を攻めた際に、兵火により失っています(すべての伽藍が焼失)。
平安時代の末期、源範頼の幼少期に身を隠していたのが安楽寺の東500mにある息障院(伝範頼館跡)だと伝えられ、一帯は大伽藍だったことがわかります。

現存する三重塔、仁王門は江戸時代の再建で、埼玉県の文化財に指定。

毎月18日が観音様の縁日。
毎年、夏を迎える6月18日の『厄除観音会』で本尊が御開帳されています。
8月9日〜8月10日は、『四万六千日』(千灯籠)、9月18日には『施餓鬼会』(冬至星供養祭)が執り行なわれています。

門前の茶屋「どびんや」では名物の「厄除けだんご」を用意。

鎌倉時代初期に開設された坂東三十三観音の第9番慈光寺(埼玉県比企郡ときがわ町)、第10番正法寺(岩殿観音/東松山市)とともに比企三山を形成しています。

ちなみに、源平合戦で西上した東国武士が花山院(花山天皇)が平安時代に開いた西国三十三所を見聞きして、鎌倉時代に創設されたとも推測できる関東三十三所ですが、埼玉県内にあるのは比企三山のほかは、12番慈恩寺があるのみで、4ヶ寺だけ。
鎌倉時代に、鎌倉武士にとって比企郡は重要な拠点だったことがわかります。

名称 吉見観音(安楽寺)/よしみかんのん(あんらくじ)
所在地 埼玉県比企郡吉見町御所374
関連HP 吉見観音(安楽寺)公式ホームページ
電車・バスで 東武東上線東松山駅からタクシーで15分
ドライブで 関越自動車道東松山ICから約7km
駐車場 100台/無料
問い合わせ TEL:0493-54-2898
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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