長松院

長松院

滋賀県彦根市にある曹洞宗の寺、長松院(ちょうしょういん)。慶長7年2月1日(1602年3月24日)、佐和山城主で、彦根藩初代の井伊直政(いいなおまさ)は戦傷でガス壊疽にかかり病没。その遺志で善利川(現・芹川)の三角州で荼毘(だび)に付され、跡地に長松院が創建されています。

井伊直政を荼毘に付した地に禅寺を創建

井伊直政は、関ヶ原の戦いで鉄砲傷を負い、傷から入った菌が筋肉組織を破壊するガス壊疽を起こし、伊豆や有馬で温泉治療を試みましたが、回復せず、彦根城築城を控えた42歳で病没。
現在、長松院の建つ地は、彦根城の南、城下町の中心地ですが、当時はまだ彦根城がなく、単に善利川(現・芹川で現在より北側に流路がありました)の三角州でした。

墓石を建てていましたが、家臣が昼夜を問わず番をしないといけないため、甲斐国(現・山梨県)から貴山永胤を開山に迎え、寺を創建。
創建当初は、井伊直政の戒名・祥壽院殿清涼泰安大居士から、祥壽院と称していましたが、後に長松院に改称されています。
長松院の松は井伊直政の幼名・虎松からとったもの。
墓地に幕末の彦根藩士で、明治維新後は沖縄県令、大阪府知事を務めた西村捨三筆の「井伊直政公火化委骼之処」(明治34年、『彦根城開城三百年紀年祭』を契機に建立)石碑と、井伊直政の供養塔が立っています。

禅の名刹ゆえに、毎月第1土曜には坐禅会も行なわれています。

長松院
名称 長松院/ちょうしょういん
所在地 滋賀県彦根市中央町4-29
関連HP 長松院公式ホームページ
電車・バスで JR彦根駅から徒歩20分
ドライブで 名神高速道路彦根ICから約3km
問い合わせ 長松院 TEL:0749−24-3225
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