知床で花開いたトビニタイ文化を知る

羅臼町に飛仁帯(とびにたい=現在の羅臼町海岸町)という場所があります。《トペ・ニ・タイ(tope・ni・tay)=イタヤカエデの集まる森》というアイヌ語由来の地名ですが実は、この地名歴史学にとっては実に有名な地名になっています。

まずは北海道&知床の歴史を知ろう

飛仁帯

北海道には、旧石器時代からアイヌ文化期(中世から近世)に至るまで、約3万年間にわたる遺跡が発見発掘されているものだけで1万2000ヶ所ほどあります。そのうち、「地の果て」といわれる知床半島はいちばんの「遺跡密集地帯」となっています。

とくに半島東側の羅臼町側は、「住宅を建てようと土を掘り返せば必ず石器や土器が出る」というほどの密集ぶり。海岸に沿って随所に遺跡があります。

北海道の歴史は、旧石器時代→縄文時代→続縄文時代(紀元前3世紀頃から紀元7世紀頃=本州の弥生時代から古墳時代)→オホーツク文化(3世紀から13世紀頃)・擦文文化(さつもんぶんか=3世紀から13世紀頃)→アイヌ文化(13世紀から近代)と移行しています。

そのなかで同時に2つの文化が花開いたのがオホーツク文化と擦文文化です。
オホーツク文化は、北方系の海洋狩猟民族で、おもにオホーツク海岸沿いで集落を築きました。知床もこの文化圏です。舟を巧みに操り、捕鯨をしたりしていたことも判明しています。近年のDNA調査で、オホーツク人は樺太北部やシベリアのアムール川河口一帯に住むニブフ族に近く、アイヌ民族と共通性があるとの研究結果も出ています(縄文人の遺伝子にはなく、アイヌが持つ特有の遺伝子タイプmtDNAハプログループY遺伝子がオホーツク人の人骨から確認されています)。

擦文文化はおもに道南などで栄えた文化で、本州の土師器(はじき=古墳時代に編み出された素焼きの土器)の影響を受けた擦文式土器を特徴とする文化。続縄文時代には、その名の通り土器に「縄目の模様」が付けられていましたが、6世紀末から7世紀の擦文時代には表面に木のヘラで擦って刷毛目が付けられました。これが擦文(さつもん)と名付けられたゆえんです。

トビニタイ
 

オホーツク文化と擦文文化の融合

さてさて、飛仁帯(とびにたい)ですが、実はこの羅臼町飛仁帯で両文化の特徴を併せ持つ土器が出土しているのです。
知床半島には先住民族の遺跡が各所に残されています、とくに羅臼は、衰退したオホーツク文化(サハリンから渡来した海洋狩猟民族の文化)が、古墳文化の影響を受けた擦文文化との「融合」という形で痕跡をとどめる貴重な場所となっているのです。 民族の抗争が繰り返され、文化が衝突した知床。その背景には豊かな海洋資源があったことはいうまでもありません。

オホーツク文化は、サハリン南部から北海道・南千島のオホーツク沿岸部に展開した文化で住居は五角形・六角形をした大きな竪穴式で、室内にはクマの頭蓋骨を祭る骨塚が設けられていました。アイヌ文化の狩猟技術や建築方法も、オホーツク文化から取り入れたものではないかといわれています。そんなオホーツク文化はやがて擦文文化に吸収されてゆきのですが、そのプロセスが「トビニタイ文化」として知床にはしっかりと刻まれています。「トビニタイ文化」は、昭和35年に東京大学の調査隊が羅臼町飛仁帯(とびにたい)で発見した出土物が名称の由来となっている文化なのです。

擦文文化の竪穴住居隅が丸い四角。南東側の壁にカマドを設置し、中央部の床に炉を切っています。
オホーツク文化の竪穴住居五角形ないし六角形。石組み炉を所有。
トビニタイ文化の竪穴住居隅が丸い四角石組み炉を所有。

擦文文化の土器=菱形ないし深鉢形。刻線文
オホーツク文化の土器=壺形。粘土紐の貼付文(ソーメン文)
トビニタイ式土器=形は底部を除いて擦文土器と同じ。紐状貼付文(ソーメン文)

トビニタイ文化人は、擦文文化人の技術集団から土器の製造方法を学んだと推測され、「接触・交流というレベルを超え、擦文文化集団との間に社会的なネットワークの一部を共有していた」と考えられています。オホーツク人の生業=海を舞台とする海獣狩猟、擦文人=鮭鱒をメインとする漁労というふたつの文化は海洋資源の豊かな知床でダイナミックに交わったのです。

抜海岩蔭遺跡

抜海岩蔭遺跡

2020年5月18日

 

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