松江城・太鼓櫓

松江城太鼓櫓

島根県松江市、松江城の大手に面した二の丸の東側に平成13年に2層の南櫓、平櫓の中櫓、太鼓櫓が125年ぶりに復元(明治8年に取り壊されていました)。御廊下橋と呼ばれた千鳥橋あたりから眺めると、二の丸の高石垣、内堀、そして櫓群という江戸時代さながらの光景が復活しています。太鼓を打って登城の時刻を知らせたのが太鼓櫓です。

平成13年に復元された二の丸の櫓群のひとつ

松江城の本丸の南側に配された二の丸。
明治4年の廃藩置県で、松江城の廃城が決まり、松江城は陸軍省の管轄下に置かれることになりました。
明治8年5月に二の丸の櫓群が解体され、その部材は入札で売却されています。

天守も売却の予定でしたが、出東村(現在の斐川町)の豪農・勝部本右衛門(かつべもとうえもん)や旧藩士・高城権八(たかぎごんぱち)らが協力し、陸軍省に落札額180円を支払うことで天守が存続したのです。

平成7年に太鼓櫓跡、中櫓跡、南櫓跡、南口門跡の発掘調査が行なわれ、平成13年3月に復元工事が竣工しています。

二の丸には東の縁に沿って北から太鼓櫓、中櫓、南櫓の3つの櫓が建ち並び、その内側(西側)に藩主の居宅である二の丸御殿が配されていました。

太鼓櫓の太鼓は、登城の時刻を知らせるだけでなく、非常呼集のときにも鳴らされました。

松江城太鼓櫓
松江城・太鼓櫓
名称松江城・太鼓櫓/まつえじょう・たいこやぐら
所在地島根県松江市殿町1-5
関連HP松江城公式ホームページ
電車・バスでJR松江駅から松江市営ぐるっと松江レイクラインバスで10分、松江城(大手前)下車、徒歩5分
ドライブで山陰自動車道松江玉造ICから約6km
駐車場市営大手前駐車場(66台/有料)
問い合わせ松江城山公園管理事務所 TEL:0852-21-4030/FAX:0852-21-4211
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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