筥湯

筥湯

静岡県伊豆市の修善寺温泉にある共同湯が、筥湯(はこゆ)。かつて修善寺温泉には、独鈷の湯、稚児の湯、川原湯、筥湯、新湯、滝の湯、石湯、寺の湯、杉の湯の9ヶ所の外湯がありましたが、戦後は独鈷の湯だけに。その独鈷の湯も入浴が禁止されたため、平成12年に筥湯が復活。

桂川沿いの立ち寄り湯は源頼家暗殺の湯

筥湯は、元久元年7月18日(1204年8月14日)、鎌倉幕府2代将軍・源頼家(みなもとのよりいえ)が満21歳という若さで、入浴中に北条氏の刺客(母・北条政子の命により派遣された刺客)に暗殺されたという伝説の湯。
『愚管抄』によれば、抵抗した頼家の首に紐を巻き付け、急所を押さえて刺し殺したとあり、鎌倉時代の歴史書『吾妻鏡』7月19日付には、源頼家死去の報があったことを記すだけなので、時の政権が暗殺に関わっていた可能性は大。

現在の筥湯は、高さ12mの望楼「仰空楼」(ぎょうくうろう)が目印のユニークな外観に。
望楼「仰空楼」は修善寺の温泉場が見渡せる展望台となっています。
仰空楼は、「仰臥人如唖 黙然看大空 大空雲不動 終日杳相同」(仰臥して人唖の如く、黙然として大空を看る。大空は雲動かず、終日杳として相同じ=横たわって日がな1日静かに大空を眺めている。大空の白い雲は少しも動かない。終日はるかかなたに浮かんでいる)という修善寺自然公園の夏目漱石文学碑の碑文にもなった漱石の漢詩からとった名前。
漱石が修善寺温泉で闘病中に記した五言絶句です。

浴場は檜の湯船がひとつあるだけというシンプルなもので、泉質はアルカリ性単純温泉。
修善寺旅館組合加盟旅館に宿泊の場合は150円で、入浴券を購入可能。

修善寺温泉の指月殿(しげつでん)は、頼家の冥福を祈って母・政子が建立した寺で、指月殿隣の源氏公園には北条頼家の墓もあり、7月下旬頃に行なわれる『頼家まつり』では、頼家公行列と墓前供養が行なわれています。

令和4年のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(三谷幸喜脚本)も『吾妻鏡』がベース。
源頼家(鎌倉殿)は金子大地が演じています。

筥湯
名称 筥湯/はこゆ
所在地 静岡県伊豆市修善寺924-1
関連HP 伊豆市公式ホームページ
電車・バスで 伊豆箱根鉄道修善寺駅から修善寺温泉・虹の郷方面行きバスで8分、修善寺温泉下車、徒歩3分
ドライブで 東名高速道路沼津ICから約31km
駐車場 周辺の有料駐車場を利用
問い合わせ 筥湯 TEL:0558-72-5282
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
独鈷の湯

独鈷の湯

空海(弘法大師)が大同2年(807年)に現在の修善寺温泉を訪れたとき、噴出させたと伝わる伊豆最古の温泉が独鈷の湯(とっこのゆ)。空海が東日本に足跡を残したのはあくまで伝承ですが、ここが修善寺温泉発祥の地であることは間違いありません。現在は、

修善寺温泉駅

修善寺温泉駅

静岡県伊豆市修善寺、修善寺温泉の中心、筥湯(はこゆ)近くにある東海バス、伊豆箱根バスの修善寺温泉バス停が、修善寺温泉駅。バス停なのに駅を名乗るのは、かつて鉄道連絡を謳った時代、鉄道のきっぷなどを発券することができたから。今もその伝統を活かし

修禅寺

修禅寺

寺伝によれば大同2年(807年)、空海(弘法大師)が修善寺に創建したと伝えられる古刹が修禅寺で、正式名は福地山修禅萬安禅寺(ふくちざんしゅぜんばんなんぜんじ)。修善寺温泉の地名の由来になった寺ですが、源頼朝の異母弟、源範頼(みなもとののりよ

指月殿

指月殿

静岡県伊豆市の修善寺温泉に建つ経堂が、指月殿(しげつでん)。修善寺温泉の筥湯で入浴中に暗殺された源頼家の冥福を祈り、母である北条政子が創建。現存する伊豆最古の木造建築となっています。北条政子寄進の本尊である釈迦如来坐像は、蓮の花を持った禅宗

 

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