下野薬師寺跡
栃木県下野市にある国の史跡に指定される古代寺院の跡が、下野薬師寺跡(しもつけやくしじあと)。7世紀末、下野一帯を治めていた豪族、下毛野朝臣古麻呂(しもつけぬのあそんこまろ)によって創建されたと伝えられる氏寺、薬師寺の跡で…
栃木県下野市にある国の史跡に指定される古代寺院の跡が、下野薬師寺跡(しもつけやくしじあと)。7世紀末、下野一帯を治めていた豪族、下毛野朝臣古麻呂(しもつけぬのあそんこまろ)によって創建されたと伝えられる氏寺、薬師寺の跡で…
兵庫県伊丹市緑ケ丘にある、白鳳時代から鎌倉時代の寺院跡が、伊丹廃寺跡。昭和33年に基壇の一部が発見され、昭和40年にかけて発掘調査が行なわれています。現在は金堂基壇や朱塗りの北門などが復元され、史跡公園として整備されてい…
静岡県三島市、三島市役所の東側にあるのが伊豆国分尼寺跡(祐泉寺)。天平13年(741年)、聖武天皇が下した詔により、全国に建てられた国分尼寺(法華滅罪之寺)のひとつで、伊豆国の国府近くに建てられたもの。臨済宗の寺、祐泉寺…
京都府亀岡市河原林町にある古代寺院の跡が御上人林廃寺跡(おしょうにんばやしはいじあと)。廃寺跡の東400mほどのところに丹波国分寺の遺構が発見され、その遺構からのものと同じ瓦が出土しているので丹波国分尼寺跡(丹波国の法華…
滋賀県大津市滋賀里町にある古代寺院の跡が崇福寺跡(すうふくじあと)。天智天皇6年(667年)、飛鳥から近江に遷都し、近江大津宮(おうみおおつのみや)で即位した天智天皇は、大津京の鎮護のために、遷都の翌年、崇福寺を建立した…
岡山県岡山市中区赤田にある古代の寺院跡(国の史跡)が幡多廃寺塔跡(はたたいじとうあと)。岡山県下最大という巨大な塔の礎石(塔心礎)が現存し、古代吉備の豪族であった上道氏(かみつみちうじ)の氏寺跡だと推測されています。発掘…
千葉県印旛郡栄町にある天台宗の古刹、龍角寺(りゅうかくじ)。発掘調査から7世紀の古代寺院、法起寺式伽藍配置の礎石が発見され、関東屈指の歴史を誇っています。寺の南側に、最後の前方後円墳といわれる浅間山古墳、畿内の大王陵を凌…
伊賀市にある伊賀国分寺跡の東200mほどのところにあるのが、長楽山廃寺跡(ちょうらくさんはいじあと)。長楽山は寺号ではなく、一帯の地名。つまり長楽山地区にある廃寺という意味です。この古代にあった寺が実は聖武天皇の詔(みこ…
南国市比江土居屋敷にある古代寺院の塔跡が比江廃寺塔跡。塔の心礎だけしか現存しておらず、寺の名前も定かでないため「比江廃寺塔跡」という通称で呼ばれています。白鳳時代に古瓦も出土し、伽藍配置も法隆寺式であることから高知県では…
聖武天皇の勅願で全国に建てられた国分寺のひとつ、土佐国分寺として741(天平13)年、行基が創建という古刹で、本尊の千手観音像、脇侍の不動明王、毘沙門天ともに行基の作と伝わります。のちに空海が42歳の折に星供の秘法を修め…
陸奥国分寺(むつこくぶんじ)は、741(天平13)年、聖武天皇の発願で全国に建立された国分寺の一つで最北の国分寺。古代の陸奥国の国府や現在の仙台市にあり(郡山遺跡)、国府と軍事拠点は724(神亀元)頃、北の多賀城に移って…