崇福寺跡

崇福寺跡

滋賀県大津市滋賀里町にある古代寺院の跡が崇福寺跡(すうふくじあと)。天智天皇6年(667年)、飛鳥から近江に遷都し、近江大津宮(おうみおおつのみや)で即位した天智天皇は、大津京の鎮護のために、遷都の翌年、崇福寺を建立したのです。遺跡は国の史跡、そして歴史的風土特別保存地区に指定。

「幻の大津京」を探る重要な手がかりとなった地

崇福寺跡は琵琶湖から京へと抜ける志賀越えの山道沿いにある崇福寺跡。
その発掘調査は、近江大津宮の解明のため、昭和3年、昭和13年に行なわれました。

天智天皇崩御により、わずか5年で廃されたことから、「幻の大津京」、「謎の近江大津宮」ともいわれた近江大津宮ですが、崇福寺跡が貴重な手がかりとなったのです。

発掘調査で、往時には金堂、講堂、三重塔などを備えた大伽藍であったことが判明。
金堂跡には「崇福寺跡」の石碑が立っています。

塔心礎(とうしんそ)からは、舎利容器(しゃりようき)が出土し、国宝に。

なお、近江大津宮の内裏正殿跡などは、昭和49年以降の調査で、滋賀県大津市錦織の住宅地で発掘され、近江大津宮錦織遺跡として国の史跡になっています。

崇福寺跡
名称 崇福寺跡/すうふくじあと
所在地 滋賀県大津市滋賀里町甲
電車・バスで 京阪滋賀里駅から徒歩20分、JR唐崎駅から徒歩40分
ドライブで 名神高速道路京都東ICから約7km
問い合わせ 大津市歴史博物館 TEL:077-521-2100
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
近江大津宮(錦織遺跡)

近江大津宮(錦織遺跡)

天智6年(667年)、中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)が飛鳥の地から近江国滋賀郡(現在の滋賀県大津市)に遷都した都が近江大津宮(おうみおおつのみや)。長らく、その場所は不明でしたが、昭和49年の発掘調査により大津市錦織の住宅地(錦織遺跡)

 

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