大神神社

大神神社

栃木県栃木市惣社町にある古社が大神神社(おおみわじんじゃ)。惣社町という町名が示すとおり、大神神社は、律令制確立期の奈良時代〜平安時代、下野国の総社だった神社です。都から下野国の国庁に赴任した国司は、この大神神社に祀られる下野国国内の神々を参拝するしきたりがありました。

和歌の歌枕にある「室の八嶋」が境内に

もともと、諸国に総社が創建される以前は、赴任した国司は、国内の主な神社を巡り、神々を巡拝していましたが、それを簡略化するために、国内に祀られた神々を総社に集めました。
大神神社の南側3kmほどのところには、下野国庁跡があります。

主祭神は、倭大物主櫛玉命 (やまとおおものぬしくしみかたまのみこと)で、大神神社(現・奈良県桜井市)からの分霊。
平将門の乱の際、平将門は下野国庁を占拠していますが、その際に被害を受けていますが、下野国、武蔵国の国司と鎮守府将軍に叙せられ、乱を鎮圧した藤原秀郷(ふじわらのひでさと)らの寄進により再建。

戦国時代に小田原城主・北条氏直軍の戦火で焼失。
江戸時代に再建されています。

和歌の歌枕にある「室の八嶋」(むろのやしま)が境内にあり、元禄2年3月29日(1689年5月18日)、松尾芭蕉と曾良は『奥の細道』途中に立ち寄っています。
池には8つの島が浮かび、それぞれに筑波、天満、鹿嶋、雷電、浅間、熊野、二荒山、香取の各社が祀られています。
「暮るる夜は 衛士のたく火を それと見よ 室の八島も 都ならねば」藤原定家『新勅撰和歌集』。

平安時代以来、東国の歌枕として有名な地だったのです。
その「室の八嶋」、平成5年に大改修されています。
現在の社殿は、大正13年に改修されたもの。

4月中旬には馬上から弓を射て五穀豊穣を願う流鏑馬(やぶさめ)が、11月中旬には「おくるめ様」と呼ばれる童女が神事に奉仕して安産子育、醸造を祈願する『御鉾祭』(おぼこまつり)が行なわれています。

大神神社
名称大神神社/おおみわじんじゃ
所在地栃木県栃木市惣社町477
関連HP栃木市観光協会公式ホームページ
電車・バスで東武野州大塚駅から徒歩15分
ドライブで北関東自動車道都賀ICから約6.2km
駐車場30台/無料
問い合わせ栃木市観光協会 TEL:0282-25-2356/FAX:0282-20-7373
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
天平の丘公園(下野国分尼寺跡)

天平の丘公園(下野国分尼寺跡)

奈良時代の天平13年(741年)、仏教による国家鎮護のため聖武天皇の詔により、諸国に建立された国分尼寺(正式名は法華滅罪之寺)のうち下野国(しもつけのくに=現在の栃木県)に建立されたのが、下野国分尼寺で、その下野国分尼寺跡が下野市天平の丘公

下野国分寺跡

下野国分寺跡

奈良時代の天平13年(741年)、仏教による国家鎮護のため聖武天皇の詔により、諸国に建立された国分寺(正式名は金光明四天王護国之寺)。国府に近く、水害の憂いなく長久安穏の場で、国華として仰ぎ見るのによい地形ということから下野国庁の東側、思川

下野国庁跡

下野国庁跡

古代に毛野国(けのくに)は、後に上毛野国(かみつけぬくに=現在の群馬県)と下毛野国(しもつけぬくに=現在の栃木県)に分国。さらに上野国(こうずけのくに)、下野国(しもつけのくに)と呼称が変化しています。下野国の国府、政庁があった下野国国庁跡

ABOUTこの記事をかいた人。

アバター画像

日本全国を駆け巡るプレスマンユニオン編集部。I did it,and you can tooを合い言葉に、皆さんの代表として取材。ユーザー代表の気持ちと、記者目線での取材成果を、記事中にたっぷりと活かしています。取材先でプレスマンユニオン取材班を見かけたら、ぜひ声をかけてください!

よく読まれている記事

こちらもどうぞ