哲学堂公園

東洋大学の創設者である哲学者の井上円了が、ソクラテス、カント、孔子、釈迦を祀った「四聖堂」を建設したのがルーツという中野区立公園が哲学堂公園。「四聖堂」を当初「哲学堂」と呼んだのが公園名の由来です。明治37年、井上円了が四聖堂を建設。さらに明治42年〜大正元年に哲理門、六賢台、三学亭が整備されています。

井上円了の思想と世界観を具現化

正門となる哲理門

ソクラテス、カント、孔子、釈迦を祀る「四聖堂」

井上円了は、多様な視点を育てる学問としての哲学に着目し、明治20年に哲学館(現:東洋大学)を創立。
大正8年に井上円了は没していますが、昭和19年、故人の遺志で東京都に「四聖堂」を中心とする公園を寄贈。
昭和50年に中野区立公園になっています。

園内には「四聖堂」(哲学堂)を中心に、哲学堂の正門となる「哲理門」、哲学の時空間を表現した「時空岡」(じくうこう)、聖徳太子、菅原道真、中国の荘子、朱子、インドの龍樹、迦毘羅東洋の六人の哲人が祀られる「六賢台」、日本の古来からの神学、儒学、仏教学の各碵学、平田篤胤、林羅山、釈凝然を奉崇する「三学亭」、思想史の始祖である中国の黄帝、インドの足目仙人、ギリシアのタレスの各人を刻んだ石碑を祀る「三祖苑」、図書館である「絶対城」、講義室の「宇宙館」などなど、井上円了の思想と世界観を垣間見ることができます。

通常は内部の見学ができませんが、毎年4月と10月に限り建築物の内部が公開されています。
また、毎年11月の第1土曜には東洋大学が『哲学堂祭』を開催。

心字池と鬼の石造物から成る「唯心庭」

講義室の「宇宙館」

井上円了
1858年3月18日(安政5年2月4日)、越後国三島郡来迎寺村(現・新潟県長岡市)の慈光寺に生誕。
長岡洋学校(現・新潟県立長岡高等学校)で洋学を学んだ後、東本願寺の教師学校に入学。
東本願寺の国内留学生に選ばれ上京し、東京大学予備門に入学。その後東京大学文学部哲学科に進学。
明治20年に麟祥院(現・文京区湯島)内に東洋大学の前身、哲学館を開いています。
「こっくりさん」(テーブル・ターニングTable-turning)の謎を科学的に解明するなど近代的な妖怪研究の創始者としても活躍。「明治ゴーストバスター」とも呼ばれています。
大正7年、遊説先の満州・大連で、脳溢血のため61歳で急死。
墓所は蓮華寺(東京都中野区江古田1-6-4)。

哲学堂公園 DATA

名称 哲学堂公園/てつがくどうこうえん
所在地 東京都中野区松が丘1-34-28
関連HP 中野区公式ホームページ
電車・バスで 西武新宿線新井薬師前駅から徒歩12分、都営大江戸線落合南長崎駅から徒歩13分
ドライブで 首都高速道路中央環状線西池袋出口から約4km
駐車場 12台/無料(土・日曜、祝日は利用不可)
問い合わせ TEL:03-3951-2515/FAX:03-3951-2280
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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