瑞泉寺

瑞泉寺

富山県南砺市井波にある真宗本廟(東本願寺)の井波別院。南北朝時代の明徳元年(1390年)、本願寺第5代の綽如(しゃくにょ)上人が加賀・能登・越中・越後・信濃・飛騨から浄財を募って開基した真宗大谷派の寺で、後小松天皇の勅願所。開山以降、北陸の浄土真宗信仰の中心的存在となっています。

大伽藍に井波の大工、彫刻、塗師の技が集結

明治18年の再建の本堂

15世紀末、蓮乗(蓮如上人次男)が3代住持となった頃、越中の一向一揆の重要拠点となり、上杉謙信と一戦を交え、福光城主石黒氏を破って井波城(城郭伽藍)とも称されています。
越中の一向一揆の中心的寺院であった瑞泉寺ですが、天正9年(1581年)、佐々成政によって焼き討ちにあい焼失。
江戸時代の寛永19年(1642年)に再建されていますが、宝暦12年(1762年)、明治12年(太子堂から出火)の火災で山門などを除いて焼失しています。

現存する本堂は明治18年の再建。
井波大工の棟梁・松井角平(まついかくへい=井波大工を統率した角平の4代目で恒広)を中心に多くの大工、彫刻師が参加しています。
大正7年建築の太子堂も多くの井波彫刻が施されていますが、当時の井波建築、井波彫刻、井波塗師の技を結集させたもの。
棟梁は松井角平(角平5代目の恒信)以下、大工34人が建築にあたり、7年を費やして完成させています。

山門は、明治12年の火災を逃れ、天明5年(1785年)の築。
京の大工が建築を担いましたが、本願寺の再建工事が始まったため、井波の大工が後を継いで完成させています。

正面中央の見事な彫刻は井波彫刻の基となったもので、日本遺産「木彫刻のまち・井波」のルーツとなるのは井波別院瑞泉寺の彫刻です。

7月21日〜7月29日の『太子伝会』では、聖徳太子像の開扉と八幅の絵解きが行なわれます。

井波は瑞泉寺の門前町として発展。
瑞泉寺へと続く八日町通りは、八の日に市が立ったことに由来しています。
映画『ファンシィダンス』(主演・本木雅弘/平成元年・大映)のロケ地にもなっています。

名称 瑞泉寺/ずいせんじ
所在地 富山県南砺市井波3050
関連HP 井波別院瑞泉寺公式ホームページ
電車・バスで JR城端線砺波駅から加越能バス井波・庄川方面行きで15分、瑞泉寺前下車すぐ
ドライブで 北陸自動車道砺波ICから約9km
駐車場 市営井波交通広場駐車場(30台/有料)
問い合わせ TEL:0763-82-0004/FAX:0763-82-0013
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
井波別院瑞泉寺『太子伝会』

井波別院瑞泉寺『太子伝会』|南砺市

毎年7月21日~7月29日9:00~17:00、富山県南砺市の井波別院瑞泉寺で『太子伝会』(たいしでんえ)が執り行なわれます。4月の綽如忌、7月の太子伝会、11月の報恩講が井波別院瑞泉寺の3大行事。なかでも最も名高い『太子伝会』では、寺宝の

 

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