【知られざるニッポン】vol.74 常磐線の起点は田端駅だった!?

常磐線の起点は田端駅

日暮里駅(東京都荒川区)と岩沼駅(宮城県岩沼市)を結ぶJR常磐線。本線を名乗らない線としては日本最長ですが、もともとは現在の日暮里駅から三河島駅へ大きなカーブを描く路線ではなく、田端駅が起点で、スイッチバックして始発・終点駅の上野駅へと進んでいました。

隅田川駅〜田端信号場駅は、隅田川貨物線として現存!

常磐線の起点は田端駅
国土地理院の地形図で、当初の常磐線と現在のルートがよくわかります

明治29年12月25日、日本鉄道田端駅〜土浦駅(水戸駅〜土浦駅は明治28年に開業)、隅田川線の田端駅〜隅田川駅間が開業したのが、首都圏における常磐線の始まり。
この時、南千住駅、北千住駅、松戸駅、柏駅、我孫子駅、取手駅、藤代駅、牛久駅、荒川沖駅、そして隅田川駅が開業していますが、キーとなるのは南千住駅と隅田川駅。
国鉄(JR)の前身となる日本鉄道は、熊谷(渋沢栄一が設立の日本煉瓦製造が明治20年操業開始)で近代化・欧風化に必要なレンガが焼成されることから明治16年7月28日に上野駅〜熊谷駅間を開業し、上野駅をターミナルに、東北方面に路線を伸ばしていました。

一方、隅田川べりの小菅村(現・東京都葛飾区小菅一帯)には東京集治監(銀座のレンガ街のレンガを焼成した旧小菅集治監)などのレンガ工場が集まり、明治26年には東京瓦斯(現・東京ガス)の千住工場、明治38年には東京電灯(現・東京電力)の千住発電所も稼働したため、近代化に欠かせない重要なエリアとなっていました。

そのため、日本鉄道は常磐線ルートを当初は本線(現・東北本線)の川口付近から分岐させる案を考えていましたが(既設の荒川橋梁を利用し、スイッチバックで上野方面へ)、経営陣は東京と水戸を結ぶ路線は、将来的に幹線となることを想定し、田端駅で本線に結んだのです。
旅客用の南千住駅と貨物専用駅の隅田川駅を同時に開設、旅客線とは別に貨物専用線の隅田川線も開業したのです。
明治30年には水戸駅〜平駅(現・いわき駅)が延伸され、常磐炭鉱の石炭は貨車で隅田川駅に運ばれ、隅田川の荷船に載せ替えられて、横浜・川崎臨海部の工場群へと運ばれました。

田端駅でのスイッチバックが、旅客輸送にとっては大いに不便ということで(当初は貨物輸送が主眼だったことがよくわかりますが)、明治38年4月1日、三河島駅〜日暮里駅間が開通し、現在の常磐線ルートとなったのです。
三河島駅から大きくカーブしながら 日暮里駅に入るという不思議なルートはこうして生まれたもの。

では、旧来の田端駅へのルートはどうなったのかといえば、実は、あまり知られていませんが、常磐線貨物支線(隅田川貨物線)として現存(TOPの画像はその日暮里八丁目3号踏切)。
さらに、鉄道貨物の拠点として近代化を支えた隅田川駅も、現役で使われています(東京貨物ターミナル駅と並ぶ東京の二大貨物駅)。

日本初の鉄道は新橋駅駅〜横浜駅(現・桜木町駅)ですが、当初は横浜港で荷揚げされた物資を横浜駅で積み込んで新橋駅で荷卸するという貨物輸送が主眼で、旅客輸送は二の次でした。
それでも新橋駅での荷捌きが煩雑などの理由で、大きな成果はありませんでしたが、日本鉄道による高崎(富岡製糸場の生糸を横浜港へ鉄道で陸送)までの本線の開通、そして常磐線の開通、隅田川駅の誕生、田端駅での本線との連絡により、鉄道貨物の重要度が再認識されたのです。

常磐線の大きなカーブを描く三河島駅〜日暮里駅と、隅田川駅から田端信号場駅に伸びる常磐線貨物支線(隅田川貨物線)から、日本の近代化を支えた貨物輸送の歴史を垣間見ることができるのです。

【知られざるニッポン】vol.74 常磐線の起点は田端駅だった!?
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田端駅

田端駅

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三河島駅

三河島駅

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ラジオ・テレビレジャー記者会会員/旅ソムリエ。 旅の手帖編集部を経て、まっぷるマガジン地域版の立ち上げ、編集。昭文社ガイドブックのシリーズ企画立案、編集を行なう。その後、ソフトバンクでウエブと連動の旅行雑誌等を制作、出版。愛知万博公式ガイドブックを制作。以降、旅のウエブ、宿泊サイトにコンテンツ提供、カーナビ、ポータルサイトなどマルチメディアの編集に移行。

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