慈尊院

慈尊院

和歌山県九度山町にある慈尊院は、空海(弘法大師)が、弘仁7年(816年)に創建した寺で、「女人高野」の名で知られる古刹。空海は高野山に女人の入山を厳しく禁じ、母の入山も許しませんでした。そこで、空海の母は高野山の麓にある慈尊院に住み、ここで逝去したのです。「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産に登録。

空海が建立した古刹で、高野山の表参道・町石道の起点

慈尊院

はるばる讃岐・善通寺(現・香川県)から空海(弘法大師)を訪ねて高野山を訪れた空海の母、玉依御前。
空海は、高野山参詣の表玄関として慈尊院を開き、空海自身も冬は山を下り、ここで過ごした(冬期避寒修行の場)と伝えらる空海ゆかりの地なのです。
空海は、月に9度は高野山上から22kmほどの山道を下って母を訪ねたと伝えられ、それが九度山という町名の由来にもなっています。

本尊は弘法大師の母・玉依御前の化身とされる弥勒菩薩。
弥勒堂に安置される本尊(秘仏)の弥勒菩薩は国宝です。
弥勒堂前には、安産、子授け、子供の健やかなる成長を祈願して布製の乳型が奉納されています。

天文9年(1540年)、紀の川の氾濫で諸堂の大半が流出し、残された堂塔を弥勒檀に縮小移転し、宝蔵の什宝も高野山の山上へと移しています。

弥勒菩薩(国宝)を安置する弥勒堂は国の重要文化財。
寛永年間(1624年~1643年)再建の大日塔(二重塔)は和歌山県の文化財に指定。

高野山の表参道、町石道(ちょういしみち)はここが起点。
境内は国の史跡「高野山町石」の一部となっています。

取材・画像協力/公益社団法人和歌山県観光連盟

慈尊院
名称慈尊院/じそんいん
所在地和歌山県伊都郡九度山町慈尊院832
関連HP慈尊院公式ホームページ
電車・バスで南海電鉄九度山駅から徒歩20分
ドライブで京奈和自動車道高野口ICから約2.8km
駐車場10台/無料
問い合わせ慈尊院 TEL:0736-54-2214/FAX:0736-54-2214
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
高野山町石道

高野山町石道

紀の川流域の慈尊院(和歌山県九度山町)から高野山奥の院弘法大師御廟に至る約24kmの参詣道(高野山の表参道)が、高野山町石道(こうやさんちょういしみち)。高野山へ向かう7つの登山道のなかでも随一の参道で、弘法大師が高野山開山直後に切り開いた

二ツ鳥居

二ツ鳥居

世界文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に登録される高野山町石道沿いにあり、弘仁10年(819年)5月3日、空海が高野山に丹生明神と狩場明神(高野明神)を勧請した際に、神域の入り口として建立した2基の鳥居が並ぶことから二ツ鳥居と呼ばれる場所。

丹生官省符神社

丹生官省符神社

和歌山県九度山町にある弘仁7年(816年)に空海によって慈尊院とともに丹生高野明神社として創建したと伝わる古社が、丹生官省符神社(にうかんしょうぶじんじゃ)。本殿はユネスコの世界文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の登録資産になっています。本

丹生都比売神社

丹生都比売神社

平安時代から鎌倉時代にかけて、高野参詣の表参道だった和歌山県かつらぎ町、天野の里にある『延喜式神名帳』記載の古社が丹生都比売神社(にふつひめじんじゃ)。高野山の鎮守社で、本殿、楼門、境内は、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産のひと

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