洞春寺

洞春寺

山口県山口市にある毛利家の菩提寺。応永11年(1404年)、周防・長門・豊前の守護大名・大内盛見(おおうちもりはる)が祈願所として建立した国清寺が前身。毛利氏が防長に転封されてからは、毛利隆元(もうりたかもと=毛利元就の子)の菩提寺となり、後に毛利元就(もうりもとなり)の菩提寺となった時に洞春寺と改称しています。

寺の名は毛利元就の戒名「洞春寺殿」に由来

洞春寺
応永11年(1404年)頃の築と推測される山門
洞春寺
大正4年に移築された観音堂も国の重要文化財

洞春寺はもともと、毛利元就が整備拡張した郡山城(吉田郡山城=現・安芸高田市)の城郭内にありました。
中世的山城の郡山城が手狭で、近世的な平城・広島城を築いた毛利輝元は、関ヶ原の合戦で実質的には静観を決めたのですが、立場的には西軍の総大将ということもあり、戦後、毛利秀就に家督を譲り、家康によって長州へ転封に。
毛利秀就が初代・長州藩主となりますが、慶長8年(1603年)に郡山城下にあった洞春寺を周防山口に移しています。
さらに、毛利輝元が萩城を居城としたため、慶長11年(1606年)萩城内に移され、幕末には周防山口の山口城(山口政事堂)に移ったために、明治2年に山口に戻るという変遷をたどっています。

現存する洞春寺の山門は、国清寺創建当時のもので、禅風の特色を表わした室町期の四脚門で国の重要文化財。
また永享2年(1430年)建立の観音堂は、大内持盛の菩提寺(大内義弘の子・持盛が豊前国篠崎で戦死した後に菩提寺とした寺)、滝町の観音寺にあった仏殿を大正4年に移築したもの。
花頭窓や桟唐戸などが美しい唐様の建物で、やはり国の重要文化財になっています。

「三矢の教え」(三子教訓状)で知られる毛利元就墓所は、郡山城内の洞春寺跡に残されています。
毛利元就の戒名は、洞春寺殿日頼洞春大居士。
つまり、寺の名は毛利元就の戒名に由来します。

洞春寺 DATA

名称 洞春寺/とうしゅんじ
Toshunji Temple
所在地 山口県山口市水の上町5-27
関連HP 山口観光コンベンション協会公式ホームページ
電車・バスで JR山口駅からJRバス・防長交通バス県庁前方面行きで8分、県庁前下車、徒歩7分。またはJR山口駅から山口市コミュニティバス大内ルート香山公園五重塔行きで14分、洞春寺下車、徒歩2分
ドライブで 中国自動車道山口ICから約8.5km
駐車場 なし/香山公園駐車場を利用
問い合わせ TEL:083-922-1028
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
毛利元就墓所(洞春寺跡)

毛利元就墓所(洞春寺跡)

2018年2月27日
 

 

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