城下町長府の中心に鎮座する忌宮神社(いみのみやじんじゃ)は、長門国の二之宮。仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)・神功皇后(じんぐうこうごう)が西国平定の折、豊浦宮(とゆらのみや) を建て、7年間滞在したといわれる古社。祭神も神功皇后で、文武の神(勝運の神)、安産の神として尊崇されています。
長門国府も忌宮神社の近くに
忌宮神社は、長門国(ながとのくに)の二之宮(一之宮は住吉神社、三之宮は龍王神社)で、平安時代編纂の『延喜式神名帳』にも記載の式内社。
国府があった場所は定かでありませんが、忌宮神社の近辺と推測されています。
その根拠の一つが、長府(長門国府)と呼ばれる前は、『日本書紀』、『古事記』に穴門豊浦宮(あなとのとよらのみや)と記されていること。
建武3年(1336年)、足利尊氏(あしかがたかうじ)は、建武の新政から南北朝時代への過程で、豊島河原合戦(てしまがわらがっせん=現在の大阪府箕面市・池田市にある箕面川下流での合戦)で新田義貞・北畠顕家を総大将とする後醍醐天皇軍に大敗。
九州に逃れる途中、長門国赤間関(山口県下関市)で少弐頼尚(しょうによりひさ)に迎えられ、忌宮神社で武運を祈っています。
また、西暦195年に、渡来人が仲哀天皇に蚕種(さんしゅ=蚕/かいこの卵)を献上したという伝説から、境内には蚕種渡来の地の碑が立てられています。
そのため、下関はシルクロードの東端とも。
3月に齋行される『蚕種祭』では、蚕の繭(まゆ)がお供えされています。
また、山口県の無形民俗文化財にも指定される、奇祭『数方庭祭』(すうほうていさい)も例年8月7日から1週間行なわれています。
仕事守、勝守、安産御守など授与品も豊富。
忌宮神社 | |
名称 | 忌宮神社/いみのみやじんじゃ |
所在地 | 山口県下関市長府宮の内町1-18 |
関連HP | 忌宮神社公式ホームページ |
電車・バスで | JR下関駅からサンデン交通バス新下関駅方面行きで15分、城下町長府下車、徒歩7分 |
ドライブで | 中国自動車道下関ICから約7km |
駐車場 | 20台/無料 |
問い合わせ | 忌宮神社 TEL:083-245-1093/FAX:083-245-9426 |
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