舞娘茶屋・雛蔵畫廊相馬樓(竹久夢二美術館)

舞娘茶屋・雛蔵畫廊相馬樓(竹久夢二美術館)

山形県酒田市にある料亭「相馬屋」を再生したのが舞娘茶屋・雛蔵畫廊相馬樓(竹久夢二美術館)。北前船の交易で賑わった酒田には、お茶屋文化(料亭文化)も花開きましたが、その代表格が「相馬屋」。再生された建物では、「酒田舞娘」の育成など、酒田における独自の芸能文化の復興を目指しています。

酒田を代表する料亭「相馬屋」が復活!

舞娘茶屋・雛蔵畫廊相馬樓(竹久夢二美術館)

北前船の東北最大の寄港地であった酒田は、豪商36人衆による自由都市として知られ、西の堺、東の酒田とも呼ばれるほど繁栄。
当然お茶屋文化(料亭文化)も盛んになりましたが、その代表格が江戸時代から続いた料亭「相馬屋」。

往時は遊興の場、地元名士の社交場で、明治26年には「相馬屋事件」の舞台として、宮中の宴会を再現した豪商らが不敬罪に問われたという逸話も残されています。
ところが、明治27年に起こった庄内大地震で大半が焼失。

現存する建物は、この時焼け残った土蔵を中心に再建されたもので、木造の主屋は国の登録文化財に指定されています。

「相馬屋」としては、廃業しますが、平成8年に平田牧場社長・新田嘉一(にったかいち/社長職は平成8年当時)氏が「舞娘茶屋・雛蔵畫廊 相馬樓」として復活。

1階には20畳2間続きの「くつろぎ処 茶房」があり、華やかな室内装飾を楽しみながら抹茶や甘味が味わえます。
2階の酒田舞娘の踊りと食事を楽しむ演舞場に、かつての厨房は相馬樓酒田舞娘の稽古場に再生されています。

樓内には、雛人形や古美術品の展示のほか、竹久夢二美術館も併設され、夢二の美人画や写真なども見ることができます。

相馬屋主屋(国の登録有形文化財)は、日本遺産「荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間 ~北前船寄港地・船主集落~」の構成資産になっています。

酒田舞娘と『酒田甚句』

酒田舞娘(さかたまいこ)は、平成2年に町おこしの一環として、往時の芸妓文化を復活させるため、「舞娘さん制度」を採用。
酒田舞娘として復活し、酒田観光の看板娘として『酒田甚句』を披露するなど観光PR、湊町酒田の顔として国際交流などにも貢献しています。

JR東日本「大人の休日倶楽部」CMの山形県酒田「舞娘篇」では、江戸時代、北前船によって運ばれ、東北の地に根づいた「京文化」を訪ねるという趣旨で、吉永小百合が舞娘茶屋・雛蔵畫廊相馬樓を訪れ、酒田舞娘の踊りを観賞するシーンがメインとなっています。
吉永小百合の前で酒田舞娘が踊るシーンで歌われているのは『酒田甚句』。
実は『酒田甚句』に歌われる「ほんまに酒田はよい湊、繁盛じゃおまへんか」という京言葉も、お茶屋文化ともども北前船で運ばれたものです。

ちなみに「酒田舞妓」ではなく、「酒田舞娘」としたのは、宴席などでの「芸」を売るのではなく、「その場を華やかにする舞う娘」という意味をもたせるためなのだとか。

舞娘茶屋・雛蔵畫廊相馬樓(竹久夢二美術館)
名称 舞娘茶屋・雛蔵畫廊相馬樓(竹久夢二美術館)/まいこちゃやひなぐらがろうそうまろう(たけひさゆめじびじゅつかん)
所在地 山形県酒田市日吉町1-2-20
関連HP 舞娘茶屋・雛蔵畫廊相馬樓(竹久夢二美術館)公式ホームページ
電車・バスで JR酒田駅から徒歩20分
ドライブで 日本海東北自動車道酒田ICから約7.9km
駐車場 15台/無料
問い合わせ 舞娘茶屋・雛蔵畫廊相馬樓(竹久夢二美術館)0234 21 2310 0234 21 2924
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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