岩屋観音(岩屋緑地)

岩屋観音

東海道・二川宿(ふたがわしゅく/愛知県豊橋市)のはずれにある小山、岩屋山の頂に鎮座する聖観音立像が岩屋観音。明和2年(1765年)、豊川に架かる吉田大橋の架け替え工事を請け負った江戸・下谷の大工たちが難工事打開に岩屋山上に祈願建立。その後、数多くの道中記や絵画の題材になって、東海道の目印となった観音像です。

岩屋観音一帯は、岩屋緑地として整備

岩屋観音

創建当初の像は残念ながら戦時中に供出され、現在のものは昭和25年に再建された2代目。
もともとは、天平2年(730年)、行基が諸国巡行の際に一尺一寸の木像千手観音を岩窟に安置したのが起源と伝わるのが岩屋観音。
現在は、曹洞宗の寺・大岩寺(だいがんじ/豊橋市大岩町)の境外仏堂となっています。

岡山後楽園を造成した岡山藩の2代藩主・池田綱政(いけだつなまさ)も参勤交代途中、宝永4年10月4日(1707年10月28日)、この地で大地震(宝永地震)に遭遇しましたが、運良く津波の難を逃れたことから、その後、この岩屋観音を尊崇していたと伝えられています。

宝永の大地震は、江戸時代の南海トラフ巨大地震で、津波で東の白須賀宿、新居の関所が流されるほどの被害がありました。
岩屋観音一帯は現在、岩屋緑地として整備され、二川宿から足を伸ばすことも可能です。
南アルプスから続く弓張山地の末端にあたり、46.1haが豊橋市の風致地区に指定。
春は桜が咲き散策にも絶好。

なお、東海道本線や東海道新幹線の車窓からも眺めることができるので、ぜひチェックを。

岩屋観音
『東海道名所図会』に描かれた巖窟観音(岩屋観音)
岩屋観音(岩屋緑地)
名称 岩屋観音(岩屋緑地)/いわやかんのん(いわやりょくち)
所在地 愛知県豊橋市大岩町
関連HP 豊橋市公式ホームページ
電車・バスで JR二川駅からタクシーで5分、または豊橋鉄道バス豊橋駅行きで5分、岩屋観音下車、徒歩10分
ドライブで 東名高速道路豊川ICから約14km
駐車場 10台/無料
問い合わせ 豊橋市公園緑地課 TEL:0532-51-2650
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
豊橋市二川宿本陣資料館

二川宿本陣資料館

東海道二川宿(ふたがわしゅく/愛知県豊橋市)にある旧東海道の本陣遺構で、東海道で現存するのは近江・草津宿(滋賀県草津市)とここだけ。文化4年(1807年)〜明治3年まで本陣を務めた馬場家の遺構で、表門、主屋、書院棟、土蔵などが保存復元され、

二川宿

二川宿

愛知県豊橋市二川町・大岩町、東海道五十三次の33番目の宿場が、二川宿(ふたがわしゅく)。遠州(静岡県西部)との国境近く、三河国(愛知県東部)最東端の宿場で、日本橋から西に72里3町(283km)に位置し、遠州側が白須賀宿、西は吉田宿(現在の

旅籠屋「清明屋」

旅籠屋「清明屋」

愛知県豊橋市二川町、東海道五十三次のひとつ、二川宿(ふたがわしゅく)の中心、現存する本陣を資料館にした二川宿本陣資料館近くにあるのが、旅籠屋「清明屋」(はたごやせいめいや)。「清明屋」は、江戸時代後期から明治時代まで二川宿で営まれた旅籠屋で

商家「駒屋」

商家「駒屋」

東海道では貴重な本陣遺構が残る二川宿(ふたがわしゅく/愛知県豊橋市)。商家「駒屋」は、二川宿で商家を営むかたわら、問屋役や名主などを勤めた田村家の遺構で、主屋・土蔵など8棟の建物が現存し、公開されています。二川宿の本陣と旅籠屋が現存し、資料

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でニッポン旅マガジンをフォローしよう!

ABOUTこの記事をかいた人。

アバター画像

日本全国を駆け巡るプレスマンユニオン編集部。I did it,and you can tooを合い言葉に、皆さんの代表として取材。ユーザー代表の気持ちと、記者目線での取材成果を、記事中にたっぷりと活かしています。取材先でプレスマンユニオン取材班を見かけたら、ぜひ声をかけてください!

よく読まれている記事

こちらもどうぞ