六所神社

六所神社

愛知県岡崎市明大寺町にある松平家(徳川家)ゆかりの古社が六所神社(ろくしょじんじゃ)。岡崎城で竹千代(後の徳川家康)が生まれたときには産土神として参拝したと伝えられ、3代将軍・徳川家光が寄進した遠州大工・鈴木長次(江戸城寛永天守の大工棟梁)の手のよる社殿群が現存。荘厳な雰囲気に包まれています。

徳川家康の産土神で家光も尊崇した名社

南北朝時代の永和3年・天授3年(1377年)、松平宗家初代松平太郎左衛門親氏が松平氏(徳川氏)発祥の地、松平郷(現・豊田市)にある猿投山・本宮山とともに三河国三霊山に数えられる六所山に奥州の塩竃六所大明神(鹽竈神社の六所宮の神)を勧請したのが三河国での六所神社の始まり。

松平氏の岡崎進出に伴い、松平清康(まつだいらきよやす=徳川家康の祖父)が明大寺に六所神社から猿田彦命(猿田彦命)、塩土老翁命(しおつちのおじのみこと)、事勝国勝長狭命((ことかつくにかつながさのみこと)の三神勧請し、家康の父・松平広忠の時代に社伝が整備されています。


3代将軍・徳川家光の朱印状には「六所大明神は東照大権現降誕の地にある霊神なり、是を以て崇敬他と異なり」とあり、東照宮となった神君家康(徳川家康)ゆかりの神社として尊崇されていたことがわかります。
寛永11年(1634年)に上洛した徳川家光は、道中、徳川家康ゆかりの六所神社の改築を命じ、寛永13年(1634年)に社殿は完成。

現存する拝殿、本殿・幣殿、神供所は徳川家光造営のもので、国の重要文化財。
貞享5年(1688年)築の楼門もやはり国の重要文化財。
徳川家光の指示で、遠州大工(木原大工衆)・鈴木長次(江戸城の天守建て替え時の寛永天守大工棟梁)の施工というのは、同じ岡崎市の伊賀八幡宮と同じです。

昭和48年〜昭和51年、日光東照宮(徳川家光の寛永の大造替で生まれた現社殿)の昭和大修理事業と同じ手法によって修復工事が行なわれ、本殿・幣殿・拝殿の屋根は檜皮葺き、楼門、神供所の屋根は栩葺(とちぶき)に復原され、彫刻なども建立当時の美しさを取り戻しています。

地元では戌の日(いぬのひ)に参拝する安産祈願、子授け祈願の神様として有名で、安産御守、安産木札、安産絵馬、腹帯などを授与し、安産祈願の御祈祷も受付(予約は不要)。

10月第2日曜が『例祭宵宮祭』で、その翌日が『例祭』となります。
また、6月30日には『夏越の大祓式』(輪くぐり神事)、12月31日には『大晦日の大祓式』で、半年間の間に積もった罪と穢(けがれ)を祓います。

六所神社
名称 六所神社/ろくしょじんじゃ
所在地 愛知県岡崎市明大寺町耳取44
関連HP 六所神社公式ホームページ
電車・バスで 名鉄東岡崎駅から徒歩5分
ドライブで 東名高速道路岡崎ICから約4km
駐車場 第1駐車場(50台/無料)・第2駐車場(10台/無料)
問い合わせ 六所神社 TEL:0564-51-2930
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

伊賀八幡宮

松平4代の松平親忠(安祥城主)が、1488(長享2)年年頃に創建した松平徳川家の総氏神が伊賀八幡宮。徳川家康が社殿を造営。その後、3代将軍・徳川家光が社殿を拡張し東照宮(家康)を祭神に加えています。徳川家康の立身出世にあやかりたいと家運隆盛

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でニッポン旅マガジンをフォローしよう!

ABOUTこの記事をかいた人。

アバター画像

日本全国を駆け巡るプレスマンユニオン編集部。I did it,and you can tooを合い言葉に、皆さんの代表として取材。ユーザー代表の気持ちと、記者目線での取材成果を、記事中にたっぷりと活かしています。取材先でプレスマンユニオン取材班を見かけたら、ぜひ声をかけてください!

よく読まれている記事

こちらもどうぞ