春日神社(大須)

春日神社(大須)

愛知県名古屋市の中心、大須にある名古屋屈指の古社が春日神社(かすがじんじゃ)。称徳天皇の御代の神護景雲年間(767年~770年)、奈良・春日大社造営の際、常陸国(現・茨城県)鹿島神宮から神様(武甕槌命)の分霊が大和国(奈良県)春日山に遷座する途中、尾張国山田庄(現社地)で仮泊したことに由来します。

平安時代創建の古社で、春日造りの社殿が見事

春日神社(大須)

天暦2年(947年)、郡司藤原氏春日大社を模して、春日四柱を勧請して創建と伝わっています。
天文3年(1534年)頃に前津小林城(現在の清浄寺)を築城した牧長清(織田信長の義弟)が氏神として尊崇し、社殿を建築。

藩政時代には尾張藩2代藩主・徳川光友(とくがわみつとも)誕生の際に、母・乾の方(いぬいのかた/歓喜院)がこの神社で安産祈願を行なったと伝えられ、尾張徳川家の庇護を受けています。

徳川義直の正室・春姫は、なかなか懐妊しなかったのですが、儒教道徳を一義とする義直は、側室を持つことに抵抗し、3代将軍・徳川家光の命で、土井利勝が直談判し、ようやく後水尾天皇の中宮正子に仕えていたお佐井、郷士・吉田甚兵衛の姉のお尉(じょう)を側室にしたのです。
このお尉が、2代藩主・徳川光友の生母となる乾の方で、城内で最も体つきがふくよかな美女だったとか。
こんな経緯(いきさつ)があったことから、徳川家の庇護を受けたのです。

現存する社殿は、名古屋大空襲で焼失後の昭和33年の再建で、見事な丹塗りの春日造りとなっています。
廻廊には、釣灯籠30数基が奉納され、奈良を彷彿させてくれます。
10月19日の大祭には今も春日大社から奉幣使(ほうへいし)が訪れています。

武甕槌命の春日大社遷座と「鹿島立ち」

ちなみに、鹿島神宮の祭神、武甕槌命(たけみかづちのみこと)は、 奈良の春日大社の祭神として勧請され、常陸国から白鹿に乗って出立し、1年ほど費やして奈良の御蓋山(みかさやま)に鎮座されたと伝えられます。
旅に出ることを「鹿島立ち」というのは、この遷座に由来するとも。

春日大社創建時には常陸国から東海道を、尾張から伊勢、滋賀へと抜けたと推測され、桑名にも似た由緒を持つ桑名宗社(三重県桑名市本町)が鎮座し、天下の奇祭『石取祭』で知られています。
また、立木神社(滋賀県草津市)にも同様の由緒があり、「鹿島立ち」を裏付けています。

名称 春日神社(大須)/かすがじんじゃ(おおす)
所在地 愛知県名古屋市中区大須3-46-34
電車・バスで 地下鉄名城線・鶴舞線上前津駅から徒歩3分
ドライブで 名古屋高速都心環状線東別院出口から約1km
駐車場 周辺の有料駐車場を利用
問い合わせ TEL:052-241-3318
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
鹿島神宮

鹿島神宮

創建は皇紀元年(紀元前660年)と伝えられ、香取神宮 (千葉県香取市)、息栖神社(いきすじんじゃ/茨城県神栖市)とともに東国三社のひとつが茨城県鹿嶋市の鹿島神宮。鹿嶋市の市の名ももちろんこの名社に由来し、鹿島神宮は常陸国一之宮でもあるのです

春日大社

全国3000におよぶ春日神社の総本社が奈良の春日大社。710(和銅3)年、藤原不比等(ひじわらのふひと)が平城京鎮護のため、鹿島神宮から武甕槌命(たけみかづちのみこと=鹿島神)の分霊を勧請し、御蓋山(みかさやま=春日山)に祀ったのが始まりと

 

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