丹波国分寺跡
京都府亀岡市千歳町国分にある、天平13年(741年)、聖武天皇の詔(みことのり)で諸国に建立された国分寺)(正式名は金光明四天王護国之寺)のひとつで、丹波国(たんばのくに)の国分寺の跡が丹波国分寺跡。丹波国の国府の遺構は…
京都府亀岡市千歳町国分にある、天平13年(741年)、聖武天皇の詔(みことのり)で諸国に建立された国分寺)(正式名は金光明四天王護国之寺)のひとつで、丹波国(たんばのくに)の国分寺の跡が丹波国分寺跡。丹波国の国府の遺構は…
静岡県静岡市葵区、静岡市のときわ通り沿いにある宝暦3年(1753年)創業、わさび漬の元祖といわれる店が田尻屋総本家。わさび漬の起源は、9代将軍・徳川家重の時代、初代田尻屋利助が考案したのがわさび漬のルーツで、田尻屋のレト…
静岡県静岡市清水区、東海道江尻宿(現在の静岡市清水)のはずれ、久能山へと至る久能道との追分(分岐)に店を構える老舗が、追分羊かん本店。元禄8年(1695年)創業という東海道屈指の老舗で、街道時代からの名物「追…
京都府京都市中京区、二条城の南にある伝統的建造物(町家)が二條陣屋。江戸時代初期の陣屋(大名の宿泊所)。もとは御用商人であった小川家の住宅で、二条城の南にあるため、陣屋としても利用されるようになったもの。「小川家住宅」と…
京都府京都市東山区、織田信長、織田信忠父子の供養のために創建された寺が大雲院。大雲院祇園閣は、昭和3年、ホテルオークラの創始者、大倉喜八郎の建てた別邸「真葛荘」の一部で、緑色の屋根が目をひく塔は、大倉喜八郎が『祇園祭』の…
京都府京都市上京区に現存する新島襄(にいじまじょう)の私邸が、新島襄旧邸(新島旧邸)。幕末の渡米から戻った後、同志社を創立した新島襄の私邸を公開。同志社大学の前身、同志社英学校が仮校舎として借家した高松保実邸の跡で、「同…
京都府京都市上京区、真盛町から社家長屋町に位置する京都最古のお茶屋の街が上七軒(かみひちけん)。北野天満宮で豊臣秀吉が大茶湯を催した時、茶屋株の特権を与えられ、花街として栄えたエリア。現在でも軒に提灯がかかる町家など、風…
京都府京都市山科区、円山公園裏手の華頂山山頂(標高215m)、青蓮院門跡(しょうれんいんもんぜき)の飛地境内である将軍塚青龍殿の南側にあるのが地名の由来ともなる将軍塚。古墳時代の横穴式石室を有する円墳ですが、王城鎮護のた…
京都府京都市上京区にある真言宗智山派の古刹で吉田兼好の『徒然草』にも登場するのが千本釈迦堂。藤原秀衡の孫という義空上人の開創。正式名は大報恩寺だが、釈迦如来を祀ることから千本釈迦堂とも。安貞元年(1227年)の創建時その…
静岡県榛原郡川根本町、寸又峡温泉(すまたきょうおんせん)の大間ダム湖にある吊橋が、夢の吊橋。寸又峡温泉でまず訪れたいのが寸又峡プロムナードコース。往復約1時間のハイキングコースで、その途中に架橋されているのが夢の吊橋です…
静岡県湖西市新居町、東海道江戸・日本橋から数えて31番目の宿場、新居宿にあった旅籠(はたご)「紀伊国屋」をミュージアムとして再生したのが新居宿旅籠紀伊国屋資料館。その名の通り、徳川御三家・紀州藩の御用宿で、現存する旅籠建…
静岡県島田市菊川、東海道の日坂宿(にっさかしゅく)と金谷宿の途中、牧之原台地を越える石畳の道が旧東海道菊川坂石畳。戦国時代の山城、諏訪原城跡から間の宿・菊川宿(きくがわしゅく)の間にある石畳で、全長161mの石畳は江戸時…
静岡県浜松市北区細江町気賀、慶長6年(1601年)、徳川家康によって浜名湖の北岸、気賀に設けられた関所が気賀関所。当時の東海道は、新居関所(今切関所/現・湖西市)の女性に対する詮議の厳しさから、大名の奥方などに敬遠され、…
静岡県磐田市見付にある、擬洋風建築の学校建築が磐田市旧見付学校。明治5年に学制が発布され、宣光寺、省光寺を仮校舎として開校した見付学校。明治8年に建てられたもので、現存する日本最古の木造擬洋風小学校です(学校北側の磐田文…
京都府京丹後市、竹野海水浴場の西、小さな岬一帯にあるのが大成古墳群。古墳時代後期(6世紀〜7世紀)の13基の横穴式石室の群集墳。昭和42年の発掘調査では、須恵器や鉄器、金環、玉類等の装身具が出土。日本海を一望にする絶景ス…
静岡県島田市、東海道金谷宿と日坂宿(にっさかしゅく)との間にある、金谷峠に復元された街道時代の石畳が旧東海道金谷坂石畳(30mは街道時代の石畳が現存)。街道時代の石畳が残る場所は全国的にも数少なく、箱根の石畳が有名ですが…
静岡県焼津市北部、高草山(標高501.1m)の東側、東名自動車道の日本坂トンネルの近くにある隠れ里が花沢の里で、焼津市花沢伝統的建造物群保存地区に選定。江戸末期から明治初期に建てられた古い民家も並び、脇には花沢川が流れ、…
岐阜県恵那市明智町の東側にそびえる標高530mの城山の頂上に位置する平山城が明知城(あけちじょう)。戦国時代に三河と信濃の国境に近い東濃の要衝だった明智。戦国時代、白鷹城とも呼ばれた明知城は、戦国時代に攻防の地となった城…