吉祥寺は「東京の巨人伝説」の中心地だった!
「昔々、富士山をつくるため、甲州(山梨県甲府盆地)の土を取って土盛りした。そのため甲州は盆地になった」などというダイダラボッチの伝説(巨人伝説)をご存知でしょうか? 実は、このダイダラボッチという巨人の伝説、日本全国に。…
「昔々、富士山をつくるため、甲州(山梨県甲府盆地)の土を取って土盛りした。そのため甲州は盆地になった」などというダイダラボッチの伝説(巨人伝説)をご存知でしょうか? 実は、このダイダラボッチという巨人の伝説、日本全国に。…
2024年1月14日(土)~4月16日(日)、須坂アートパーク『信州須坂 三十段飾り 千体の雛祭り』を開催。製糸で栄えた須坂の町は、アートの街であり、世界の民俗人形博物館、須坂版画美術館、歴史的建物園で「須坂アートパーク…
2020年3月1日(日)~4月5日(日)、須坂市で『第19回信州須坂「わくわく」おひなめぐり』。須坂藩主堀氏の館町(陣屋町)、そして大笹街道、谷街道の宿場町として、さらに明治から昭和初期にかけては豊富な水を活かして近代製…
長野県小諸市の中棚荘。温泉にりんごが浮くという珍しい宿で、実はこの宿は島崎藤村のゆかりの宿でもあります。 中棚荘主催、開催協力一般社団法人プレスマンユニオンのプレスツアーで宿泊を体験して来ました。 りんごが少し浮いている…
長野県小諸市にある旅館「中棚荘」主催(開催協力:一般社団法人プレスマンユニオン)のプレスツアーに人生初のバスタ新宿を使って参加して来ました。 高速バスを利用するまでのお話や高速バスを乗った後のお話、料金や所要時間などを本…
善男善女が極楽往生(阿弥陀仏の浄土とされている極楽浄土への往生)を願って参詣する善光寺ですが、毎年1月7日~15日の9:00~16:00のみ執り行なわれる『御印文頂戴』(ごいんもんちょうだい)こそが、極楽往生が保証される…
2025年1月6日(月)、長野市の善光寺で『びんずる廻し』。善光寺本堂の一段高くなった妻戸台(かつて他阿上人が踊り念仏をした舞台の名残りという舞台)右脇にある「びんずる尊者像」をもみ上げ、参詣者とともに妻戸台の周りを5回…
善光寺の梵鐘は1667(寛文7)年に鋳造されたもので、国の重要美術品。鐘の音は環境庁の「日本の音風景100選」にも選定され、長野オリンピックの開会の鐘ともなりました。除夜の鐘では限定108名が先着で鐘を撞いて煩悩を払うこ…
「軽井沢72ゴルフ スキーレンタル」が2016-17シーズンの営業を2016年12月23日に開始されます。2016-17年シーズンからの追加サービスとして、複数日利用する場合や、プリンスホテル宿泊者専用に、軽井沢プリンス…
軽井沢界隈で人気のクラフトビール(地ビール)が、『THE軽井沢ビール』。その『THE軽井沢ビール』を醸造するビール工場が、2011年5月に設立した「軽井沢ブルワリー」。長野新幹線佐久平駅蓼科口からタクシーで6分、上信越自…
地獄谷野猿公苑のSnow Mokey(スノーモンキー)で一躍外国人旅行者に注目される長野県山ノ内町。俳人・小林一茶ゆかりの温泉郷でもあり、外湯めぐりも楽しめる湯田中渋温泉郷の「CHAMISE」と「HAKKO」を改装し、「…
長野県の南端、岐阜県と接して、昼神温泉と「花桃の里」で有名な阿智村。「日本百名山」の恵那山の山腹にある「富士見台高原ロープウェイ ヘブンスそのはら」で、2018年12月10日(月)〜2019年3月31日(日)の期間中、日…
横湯川上流の一軒宿、地獄谷温泉(山ノ内町)のそばにある「地獄谷野猿公苑」、餌付けされたニホンザルを観察することができる場所ですが、冬は温泉につかる野猿が見物できるとあって、今や「Snow Monkey」は世界的に有名に。
「日本唯一の高速道路直結スキー場」が謳い文句の佐久スキーガーデンパラダ。上信越自動車道路佐久平ハイウェイオアシス「パラダ」(平尾山公園)にあるスキー場です。北陸新幹線・八ヶ岳高源線(小海線)の佐久平駅からも無料シ…
群馬と長野の県境、上信越高原国立公園の車坂峠(標高1937m)の北側、標高1850m〜2000mに広がる日本有数の高所スキー場。海から離れた(佐久市の山中が日本一海から遠い場所)高所ゆえにパウダースノーが期待できます。エ…
「都心から約1時間。アクセス抜群の駅前ゲレンデ」がキャッチフレーズの軽井沢プリンスホテルスキー場。北陸新幹線の軽井沢駅前という地の利を活かし、滑らなくても楽しめるという「観光リフト」(イースト高速リフト)も運転しています…
2025年1月7日(火)、長野県小諸市で『御影新田の道祖神祭リ』。御影新田(みかげしんでん)に伝わる奇祭。古くから地域の出入口(境)を守護する神、旅人を守る神として信仰される道祖神。小学校の高学年の児童が乗った「上宿」と…
島崎藤村ゆかりの地、長野県・小諸市。明治32年4月、島崎藤村28歳の時に小諸義塾(こもろぎじゅく)の国語・英語の教師として小諸へ赴き、6年余を小諸で過ごしました。その間、小諸市で詠んだ詩を『落梅集』として編纂。有名…