高千穂峡(真名井の滝)
国の天然記念物に指定された延長20kmにわたる「五箇瀬川峡谷(高千穂峡谷)」で、窓の瀬から下流4kmがその中心部。核心部には「日本の滝百選」に選ばれている真名井の滝(まないのたき)があり、ボート遊覧が楽しめます。天孫降臨…
国の天然記念物に指定された延長20kmにわたる「五箇瀬川峡谷(高千穂峡谷)」で、窓の瀬から下流4kmがその中心部。核心部には「日本の滝百選」に選ばれている真名井の滝(まないのたき)があり、ボート遊覧が楽しめます。天孫降臨…
昭和9年に国の名勝及び天然記念物に指定された高千穂渓谷。阿蘇カルデラの火砕流台地を五ヶ瀬川が侵食してつくり出した深いV字形渓谷の神秘的な景色を心ゆくまで楽しむには川沿いに整備された遊歩道を歩くのがいちばん。紅葉の見頃は例…
阿蘇山から噴出した火砕流が溶結してできた阿蘇溶結凝灰岩の台地を五ヶ瀬川が侵食して作り出した深いV字型の渓谷、高千穂渓谷。高さ80~100mもの柱状節理の断崖が高千穂峡を中心に東西20kmにわたり続いています。このすばらし…
宮崎県内唯一の国指定名勝が都農町を流れる名貫川上流にある「尾鈴山瀑布群」。尾鈴山(1405.2m)や矢筈岳(1330m)など尾鈴山系から流れ出る甘茶本谷、欅谷、矢研谷などの沢には25の滝が懸かり、九州屈指の瀑布群となって…
都城市を流れる庄内川にかかる幅40m、落差18mの滝(大滝)が関之尾滝で、「日本の滝百選」に選ばれる名瀑。庄内川の本流に架かる主瀑の大滝のほか、支流に男滝、女滝が架かり、一帯は関之尾公園として整備されています。女滝横には…
延岡市を流れる行縢川(むかばきがわ)にかかる日本の滝百選に選定の名瀑が行縢の滝(むかばきのたき)。落差76.7mで、駐車場から山道を30〜40分ほど歩けば滝壺近くに到達します。標高829.9mの行縢山(むかばきやま)は、…
都井岬の先端にある白い塔型の灯台で昭和4年に初点灯。空襲と台風で灯室が大破したりしていますがコンクリート製の灯塔は創建当時のもの。青く澄んだ空をバックにしたその優雅な姿は野生馬の「御崎馬」ととも都井岬のシンボル的存在とな…
【2019年3月15日〜運行停止中】 金剛山の大阪府側の山上へと登る千早赤阪村の村営ロープウェイが金剛山ロープウェイ。大阪唯一の村にある全国唯一の村営ロープウェイです。昭和41年に架けられたロープウェイは全長1323m。…
古代の政治の中心は、飛鳥・奈良地域にあったのですが、645年、古代史上で有名な「大化改新」とともに即位した孝徳天皇は、人心を一新して政治を行なうために、古代の国際貿易港である難波津(なにわづ)に近い難波宮に遷都しています…
明治の森箕面国定公園のシンボル的な存在で、「日本の滝百選」に選定された落差33mの美しい滝が箕面大滝(みのおおおたき/箕面の滝、箕面滝)。木々の間から流れ落ちる滝の様子が「蓑(みの)」に似ていることが箕面という地名と、滝…
727(神亀4)年、双子の善仲(ぜんちゅう)と善算(ぜんさん)両上人が草庵を構えたのが創始と伝わる箕面(みのお)の古刹で西国三十三所第23番札所が勝尾寺(かつおうじ/真言宗の寺)。775(宝亀6)年、彌勒寺と号して開山。…
箕面大滝(みのおおおたき)の入口、箕面公園にある瀧安寺は、修験道で知られる本山修験宗の古刹。山号も箕面山(みのおさん)で、箕面の山を修験の地とした歴史を今に伝えています。寺伝によれば、658(斉明天皇4)年、修験道を開い…
鈴鹿山脈の主峰でもっとも人気の高い御在所岳(1212m/正式な山名は御在所山)に架かる三重交通の運行する御在所ロープウエイ。湯の山温泉にある湯の山温泉駅(標高400m)と山頂の山上公園駅(標高1180m)を15分ほどで結…
天台寺門宗の総本山で、長等山中腹に広大な敷地を有する名刹、三井寺(みいでら)。正式名は長等山園城寺(ながらさんおんじょうじ)といい、近江八景の一つ「三井の晩鐘」でも有名。奈良時代、壬申の乱に敗れた大友皇子の霊を弔うために…
三井寺(園城寺)の勧学院は学問所として、鎌倉時代の1239(延応元)年に創立された塔頭(たっちゅう)。狩野光信による華麗な障壁画が部屋を飾る客殿は国宝に指定されています。現在の勧学院客殿は豊臣秀吉の闕所(けっしょ=堂舎の…
西国三十三所第14番札所の三井寺(園城寺)の観音堂を中心とする南院札所伽藍のひとつが観月舞台。建立は、幕末の1849(嘉永3)年。建立周辺の百体堂、鐘楼とともに滋賀県の文化財に指定されています。
三井寺(園城寺)の観音堂 (西国三十三所第14番札所)北側に建つ小さなお堂が毘沙門堂。もともとは、1616(元和2)年、園城寺五別所のひとつ尾蔵寺の南勝坊境内に建立されたもの。国の重要文化財。
三井寺(園城寺)の大門(仁王門)近くにあるのが釈迦堂。豊臣秀吉の闕所(けっしょ=堂舎の破却)後、1621年(元和7)年、平安京の内裏(だいり)にあった清涼殿(天正年間造営)を下賜されて移築したものとの伝承もありますが定か…